アーカイブ | 2017年1月22日

当たり前じゃなかったんです!!!

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『あたりまえ』

            井村一清

あたりまえ こんなすばらしいことを、

みんなはなぜよろこばないのでしょう

あたりまえであることを

 

お父さんがいる、お母さんがいる

手が二本あって、足が二本ある

行きたいところへ自分で歩いていける

手をのばせばなんでもとれる

音が聞こえて声が出る

こんなしあわせなことがあるのでしょうか

しかし、だれもそれをよろこばない

あたりまえだ、と笑ってすます。

 

食事がたべられる

夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる

空気を胸いっぱいにすえる

笑える、泣ける、叫ぶこともできる

走りまわれる

みんなあたりまえのこと

 

こんなすばらしいことを、

みんなは決してよろこばない

 

そのありがたさを知っているのは、

それを失った人たちだけ 

なぜでしょう あたりまえ

 

医師・井村一清 (1947~79) 『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』 より 

 

*************************************************************

 

この詩は、32歳にして悪性腫瘍で亡くなった

医師・井村一清さんが、

幼い娘・飛鳥ちゃと妊娠中の妻

およびまだ見ぬ子へ、

死の直前まで綴った愛の手記の中にあります。

 

氏は転移を防ぐ為に、右足の切断をし、患者たちの為に医療現場に復帰。

しかし、腫瘍が両肺に転移して亡くなっています。

 

 

 

・・・・。

気付かされます。

感謝を忘れがちですよね、わたしたち。(反省中)

 

ホントは、命あるだけで、ありがたいんですよね。喜ばなきゃいけないんです。

 

「ただより高いものはない」

 

こんな言葉もありますね。

 

これは誰でも知っている言葉ですが、

この言葉も実は、井村一清さんのおっしゃっていることと同じ教えが含まれています。

 

あなたがただで神様からいただいた、その腕。

「二本あるんですから、ちょっと一本、いただけませんか?」

って言われても、無理ですよね。

 

「じゃあ、片目だけでも・・・」

って言われても、絶対いやですよね。

 

生体臓器移植だって、

身内から懇願されても、

たぶん、相当悩みますよね。

 

私なんか、母親を手術ミスで亡くしているので、

とてもじゃないけど移植をokする勇気がありません。

 

手も、足も、耳も、目も・・・・

私たちはすべて、神様からタダでもらっちゃってるんです。

タダでもらったけど、こんな値段のつけられない高級なものってないですよね。

 

そう、タダより高いものはないんです。

 

そんな高級なものをつけているのに、感謝したことありますか?

 

目に「ありがとう!」、って、言ったことあります?

鼻に「いや~、今日もありがとね~。助かるわ~。」

って、感謝したことありますか(笑)?

 

誰しも、指をちょっと包丁で切っちゃっただけで、

大騒ぎしたことありますよね?

 

どこか、ほんのちょっとの皮が剥けただけで、

痛いんですよね~。

何をやるのも不便。

 

靴擦れで肉がペロンって剥けただけで、

痛くて歩き辛いですよね~。

 

ってことは、足の皮ひとつでも、

体のほんの小さな一部でも、

ホントに大切な素晴らしいもので、

そんなすごいものを私たちはいただいて生きているんです。

 

感謝。

いつもしてないといけませんよね。