今、苦しみのどん底にいる方へ・・・<<命の大切さを知った経験より>>


 

いつも偉そうに、いろいろ語っているわたしですが(笑)、

決して元々鋼鉄のオンナだったわけではなく、

強くなったのには、きっかけがあるのです。

 

 

 

・・・多くの人々がそうであるように、

私も自分の母が大好きでした

明るくて、

おもしろくて、

頼りになる男前(?)で(笑)、

いつも元気。

そして・・・・本当に優しかった。

 

たいていの方にとって、お母さんって

いろんなプラスの形容が出来て

なんともほっとするとても大切な存在ではないでしょうか。

 

思ったことを言って喧嘩も出来るし、

近くにいると時としてウザいけれど(笑)

それでも、何でも言いやすい空気のようにありがたい存在。

それが母親かもしれません。

 

しかし、

ある日突然

 

私の母は亡くなりました

 

ただの結石を取り除く手術を受けたのですが、

明らかな医療ミスで、手術中に亡くなったのです。

 

結石ですから、発作が起きた時は痛んだのですが、

それ以外は全く普通の誰ともなんら変わりのない健常者です。

手術直前まで明るく元気に話し、

手術室へ移動するストレッチャーにも自分で乗り、

「がんばってね♪」という家族の声に

笑顔でVサインを示して手術室に消えていきました。

 

そしてそれが、

わたしと母との今生での別れとなりました

 

しかし・・・医療ミスは認められませんでした

 

合法的に殺された、と言ってもいいでしょう。

言葉は悪いですが

殺した相手の顔も知っています。

 

しかし

 

私には相手を許す以外に道はなかったのです。

 

密室で行われる手術。

真実を暴くのには限界がありました。

なぜ?なぜこんなことに?

真面目に明るく生きてきた母なのに・・・・

 

まるで犯人を目の前にしながら、何も出来ない被害者の家族のような

筆舌に尽くしがたい極限の空しさと苦しみでした。

 

命ほど尊いものはありません

そして、命は取り返しがつきません

これほど失くしてもったいない・・・

と思える失くし物はないでしょう。

他のものなら、買えばなんとかなったりすることが多いのですが

こればかりはいかんともしがたい。

 

まして、失ったのは

大切な

大切な

大好きな人・・・・。

 

さっきまで元気に生きていた人が

目の前から永遠に消え

もう二度と語り掛けてくれないのです。

 

母自身が植えたチューリップの球根が花開くのを待たずに

母は永遠にこの世を去りました。

 

長いこと病床に伏していた大切な人が亡くなるのも

それはそれは苦しいことでしょう。

 

しかしまた、交通事故や私の母のようなケースで

突然大切な人を失うのも

本当に苦しいものです。

 

毎日が地獄の苦しみでした。

母の命を絶った人の顔も名前も知っているのに

どうすることも出来ない。

たとえ嘆こうが叫ぼうが、もう母が返ってこないのは事実。

 

周りに心配をかけたくなくて、

必死で明るく過ごしていましたが、

心の中は

喉から内臓が全部出てきそうな苦しい日々でした。

 

しかし、私は当時キャビンアテンダントをやっていたので、

喪中明けには、すぐに、

満面笑顔で働かなければなりませんでした。

 

究極の切なさの中で

泣き叫びたい、狂って暴れまわりたいような心のまま

最高の笑顔で

心を込めてお客様にサービスしました。

 

つとめて明るく、

苦しさをこらえにこらえて

喪中明けすぐの3日間のフライトを終え

私は夜の空港の客室乗務員室に戻って来ました。

 

そしていつも通り、次のフライトの連絡事項の確認のために

自分のメールボックスの引き出しを開けると・・・・

 

ものすごい数の

手紙や

メモや

メッセージが

バラバラバラ・・・・と床にこぼれ落ちました。

溢れるほどの数でした。

 

ずっと明るく見せていた私でしたが

その瞬間に

その場で私は

崩れ落ちました。

 

涙が止まりませんでした

 

みんな、

ありがとう!!!!

支えてくれてるんだね。

一人じゃないって教えてくれたんだね。

ありがとう

ありがとう

ありがとう・・・・・・!!!!

 

私は周囲の人々の愛に、

感謝の思いで

そして抑えつけていた思いも重なって

泣いて

泣いて

泣きました。

 

母の命が他者の手によって絶たれたこと

それは人生最大の試練だったかもしれません。

そもそも、身内を殺された経験のある方なんて、そうそういらっしゃらないでしょう。

しかし、その滅多なことでは起こらないような苦しい経験のおかげで

私は 人の優しさ を知りました。

 

つまり、

 

母は自分の命をかけて

私に “優しさ” を教えて行ってくれたのです。

 

優しさを知ること

周りの人々に支えられて自分があること

だからこそ、他者に対して優しくするべきであること

それらを

この経験を通して学ばせてくれたのです。

 

それだけではありません。

このことをきっかけに、私は数え切れないほどの優しさを

数え切れない方々から戴きました。

ここでは紹介しきれないほどの心温まるエピソードがたくさん・・・。

今でもありがたく思い出します。

そしてそういった周りの支えにより、私は、

人に対して以前よりずっと優しくなれました。

 

今では私は

母があの時

ああいう形で亡くなったことに感謝しています。

命がけの教えを残して行ってくれたのですから。

 

執刀した医師のことも許しました

 

あれがなければ、きっと私はもっと利己主義で

ずっと自分中心で

他人のことを思いやる心に欠けていたことでしょう。

 

命の大切さも、心底知りました。

 

「お母さん、命がけで私を育てて行ってくれたんだね。ありがとう!」

 

今はそんな気持ちでいっぱいです。

 

 

さて、ここで今、

苦しさのどん底にいるあなたに伝えたいのです。

 

その苦しみは、必ずあなたの栄養になりますよ。」

 

その辛さは、今のあなたがよくなるための苦い薬なのです

 

苦しみは、後に幸せを教えてくれます。

 

辛い過去は、未来に

あれがあったからこそよかったんだ。

あんな体験をしたから、今の私がこんなふうでいられるんだ!」

あれほどの経験をしたんだから、このくらいはへっちゃらだ!」

という喜びと強さになるのです。

また、そうしなければいけないのです。

そう出来るからこそ、私たちは人間なのです。

 

 

マイナスの経験をプラスに変える

そう、変えられるものなのだ・・・

 

そんなことを大切な母に教わった気がします。

 

 

 

 

 

 

 


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