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あなたを苦しみから救ってくれるのは、何でしょう? ー 後編


 

『あなたを苦しみから救ってくれるのは、何でしょう?』の後編です。

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あなたを苦しみから救ってくれるのは、何でしょう? - 前編

 

さて、ここから、具体的に例をあげていきましょう。

 

例えば、こんな悩み相談を受ける事があります。

「職場でいじめられているんです。誰もが私に冷たく、もう居場所がないんです。

これ以上耐えられません。

しかも、話をわかってくれる友人はたったの一人しかいないんです・・・。」

 

・・・・そんな悩みを聞いた時、

私の頭の周りには、即座に多数のクエスチョンマークが浮かびます。

「話をわかってくれる友人が一人いるんですか?

それ、と~ってもありがたいことですよー。

辛い状況はよくわかります。でも、

なぜその人への感謝の気持ちで心をいっぱいにしないのですか?

なぜ、苦手な人達のことばかりに意識を集中しているのですか?

一人でもそんな友達がいてくれるのは、本当にラッキーなことですよ。」

 

・・・とてもとてもありがたい相手がいてくれるのに、

嫌な人のことで心をいっぱいにしているのはこの方自身です。

感謝の気持ちで心を満たしていると、そのありがたい気持ちの連鎖が広がり、

周囲が動き出します。感謝の度合いに応じて、少しずつ、少しずつ。

信じられないかもしれませんが、感謝の目に見えないパワーは、伝わり、連鎖していくものです。

さらに、感謝はあなたを強くしてくれます。

そんなことも、苦難を経験すればこそ、知ることができるんです。

 

また、私は毎日、ステロイドの副作用に苦しむ世界中の患者さんから、

莫大な数の ”SOSメッセージ” を戴いているのですが、

ひどい炎症に死にたいほど苦しんでいる方々がいっぱいです。

実際、「死にたい。」というメッセージも、何度となく受け取っています。

 

「顔の炎症がひどいんです。顔なだけに

人から見られているので、もう、耐えられない

毎日泣いています。

なかなかよくならない上に、ついつい恥かしくて、

中の皮膚が出来上がる前に、

カサブタをはがしてしまい、それがやめられないんです・・・。

よりによって顔だけがひどい炎症になっているので、

悲しくて、くやしくて、怒りが溢れます。体はなんともないのに!」

・・・そんな悩みを聞いたりもします。

 

しかし、私の頭の周りにはクエスチョンマークがすぐに飛び交います。

「顔だけが炎症で、他はなんともないのですか?

なぜ、そんなラッキーな状態で嘆いているんですか?

なんともない体全体に感謝しましょうよ。とてつもなく、ありがたいことですよ。」

・・・全身の炎症は、ほんとう~~~~にキツイんですよ。体力的にも。ははは・・・。(←力ない笑い)

経験者だから、言えるんです。

 

心が暗くなればなるほど、当然のように人間の体は影響を受けます

早くよくなりたかったら、やはり、自力で気持ちを上げなければいけないんです。

なのに、悪いところにばかり注目して、

いいところが9割もあったとしても言及すらしない

そのもののとらえ方に、まず、ひとつの原因があるのは明確なんです。

そして、カサブタをはがさなければいいのに、やめられない・・・・って・・・

やめるのは、その方自身にしか出来ない選択です・・・よね?

誰かがずっと両手を押さえつけたら満足でしょうか?いや、それはないですよね。(笑)

・・・冷静になって考えれば、他人に訴える類のことではないのです。

恐ろしい症状で、いっぱいいっぱいになりがちなのは本当によくわかりますが、

そこは、実は頼るのは自分しかいないのです。

 

誰かにすがっても、

聞いてくれている相手も辛いはずです

相手を辛くしておきながら、自分はよくなりたい・・・って、

ちょっと自身のあり方を考えなければいけない行動なんです。

自力でいいところを見つけ

いいところに注目する訓練をすることが、

あなたも、あなたの周囲をも救ってくれます。

そんな学びも、苦難を経験しているからこそ

経験することで、人間は、一歩成長できるんです。

 

あるいは、心の病気を患った方が、言ってきます。

(このブログの読者さんの中には、そういった病気の方も結構多いんですよ。)

「こんな病気を何年もやっていて、いつも家にいる事しか出来ないんです

家では両親が時々こんな自分に文句を言ってくるし、部屋にこもるしかない。

こんな状態では、就職をすることも出来ないし・・・。」

 

そんなのを聞くと、また、私のクエスチョンマークが騒ぎ出します。(笑)

「一人になれる部屋があるのですか?それはありがたいことですね。

屋根のある家で寝起き出来るだけでもラッキーなことですよ。

それに、就職しなくても、食べて行ける環境があるんですよね?

しかも、ご家族が身の周りの世話をしてくれているんですから、

と~ってもありがたい環境ですね。

そこに感謝をしてみませんか?

確かに、辛くあたられているのはわかります。

それでも、自分の境遇の嘆くポイントを見つけるよりも

今ある環境の、ありがたいことを見つける努力をした方が楽になれますよ。

家族の口にも戸は立てられないんです。

実は・・・親だって、さほど立派なもんでもないんですよー。

みんな、未熟なまま、精一杯子育てをやってきてるだけなんです。

未熟な人の欠点を上げ連ねても何のプラスにもならないですよ。

ありがたいことだけ考えましょうよ。

ありがたいこと見つけ を始めてみてください。」

・・・そんなお話をしたりします。

「こんな自分で申し訳ない。」「情けない。」という感情が湧く方も多いようですが、

どんな感情も、ありがたいという感謝の思いに重きを置くことで、

少しは軽減されるものです。

『感謝を見つける修行』という、経験の真っただ中にいることに気づかなければいけません。

 

また、職場の同僚との悩みも多いです。

「いつも同僚のミスをカバーさせられてばかりで、相手は反省なし

それどころか、上司に言っても何一つアクションをとってくれていない。」

上にはナイスなくせに、自分には辛く当たる。」

「超、偉そうな同僚が・・・・。」

そんなあれこれを切々と話されるのを聞くこともあります。(笑)

とんだ同僚を持っていて、確かにお気の毒です。

 

でも、気付いてください。

その人がいなければ、あなたは休みすらとれないのです。

あの同僚がいるから、あなたは年休が取れるのです。

休みなしで、あなたは耐えられますか?

あんなヤツでも、存在だけでもちょっとは役に立っているのです。

あ~~~~、ありがたや・・・(笑)。

とんでもなく嫌な性格の同僚なら、周囲も気付いているはずです。

もし気付かないでいるなら、その人たちも同じような類です。

あなたは、人の本質を見る、といういい訓練をしている真っ最中なのです。

あなたにとって、いい学びの時なんです。

せっかく学びのチャンスを戴いているのに、

あなたが嫌な気分になって、他者からの自分の評価を下げる必要はありませんよ。

 

また、嫌いな同僚以外の方たちへの感謝を忘れたりしていませんか?

あなたにナイスにしてくれる同僚たちを、当たり前だなんて思わないでくださいね

ナイスな同僚たちの ‘ありがたさに気づいていなかったこと’ を知らせてくれるのは、

実はいやなアイツです。

いやなヤツと一緒にいるという時は、

どこにでも感謝は見つけられる、という学びの時でもあるのです。

辛い経験からのこの学びが、未来の、次のあなたを引っ張ってくれますよ

 

 

ストレスをよける方法を少しずつ身につけならなければいけません。

しかも、人に頼るのではなく、自力で

あなたを悩ませる相手は、変わりません。

あちらはあちらで、そういう行動をしているとどうなるのか・・・

を学んでいる真っ最中なのです。

ストレスのよけ方を身に着ける為には、経験してみるしかないのです。

そして、その経験の中で、視点着眼点を変えるという努力を経験する

それに尽きます。

 

辛いことの中にも感謝を見つける訓練を重ねて行けば、

誰かに頼らずとも、次の苦難の時に生かせます

感謝を見つけ、感謝の方に注目するという生き方を選ぶことで、自分自身が楽になれるのです。

また、そのノウハウをみなさんのお子さんに伝えることだって出来るのです。

 

いじめ、その他の混乱した環境の中で育つお子さんの命を守るためにも、

自分と、自分たちの幸せな未来を創るためにも、

常に感謝を見つけ出す方法を学び、身につけてください

そして、それを、次の世代に伝えてください

 

今、どうしようもない苦しい状態の真っただ中の方にお伝えしたいのです。

あなたの今の苦しみが

未来のあなたを救います

辛い試練を乗り越えるノウハウは、

あなたを、そして究極は

あなたのお子さんや周囲の親しい方々の命を救う教えになるかもしれないのです。

経験することで、少しずつストレスへの免疫力がついていくからです。

なんてありがたい修行でしょう。

滝に打たれるより、ずっと確かな修行です。(笑)

前章でも言いましたが、辛いことは、生かすために経験しているのですから

 

 

残念ながら、全ての人があなたにとっていい人ではないのです。

全ての人があなたに優しいわけではないのです。

愛を持って話してもわかり合おうと努力しても

通じない人はいるんです

いるものなんです。

生きている段階・ステージが、あなたと全然違うからです。

そんな通じない相手を変えようと躍起になっても、あなたが苦しいだけですよ。

 

起きた現状は、どうしたってあなた自身が通り過ぎなければならないのです。

誰しもがそんな苦難を乗り越えなければいけない時があるのです。

そんな時に、泣いているだけではなく、

今の経験が

これからの自分の人生の役に立っていく知識となることに気づいてください

今の辛さから学びを得てほしいのです。

どんな試練も結局はありがたい経験なのだということを。

 

「死にたい・・・。」という思いを抱いたり、

苦しみから這い上がれない方々は、

感謝を見つけるのが苦手な方が多いはずです

「ありがたい、ありがたい!」と言いいながら自殺する人はいないんです。(笑)

ありがたいことは絶対に周囲にあるはずなのに

見つけられていないのです

そして、”イヤなこと” と ”ありがたいこと” のうち、

後者を選択してそちらに集中する訓練(学習)を

きちんと受けるチャンスがなかったのです。

 

 

再度言います。

頭の中で考えることはあなた自身にしか選択権はありません

あなた以外、だれにもそれは変えることが出来ません。

あなた自身が、ありがたいことではなく、

嫌なことに意識を集中している張本人だということに気づいてください。

 

どうしたら、自身を守れるほど強くなれるのでしょう?

人間はそんな簡単に強くなれるものではありませんから、

視点を変える・・・・

それしかないと私は思っています。

 

出会うチャンスのあったブログの読者さん達から、よく言われます。

「徳子さんのように強くなりたい!」

ははは・・・・。(弱い笑い?)

誤解のないように・・・決して私は強いわけではないのですよ。

むしろ、相当繊細な面を持っていますし、

人の思いや苦しみなどを人一倍感じ取る方だと思っています。

ですから、人一倍、見る場所(着眼点)を変える努力をしているつもりですし、

自分の中に暗い侵入者が入らないように、

城門で止めてしまうように努めているだけなんです。

このテクニックもまた機会のある時にお話ししますね。

 

あなたから、まず、この学びを実践してください。

苦難を経験するから学びが得られるのです

あなたが知ることで、未来の我が子、孫、若い友人・・・・

色々な人達に教えてあげることが出来るのです。

そんなひとりひとりの小さな学びが、

ゆくゆくは未来の子供たちの命を救えることになります

命ほど大切なものはありませんから、

なんとか子供たちの命を守らなければいけません。

 

学校で教わらなかったのなら、

自分で今、学んで行きましょう。

そして、それを伝えて行きましょう。

誰かが、救われるはずです。

 

大丈夫。

今のあなたの苦しみも必ず乗り越えられます

自分に乗り越えられないことは天から与えられない、ということも知っていて下さいね。

 

 

今日も素晴らしい一日を!

 

 

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あなたを苦しみから救ってくれるのは、何でしょう? ー 前編

 

 

 

 


あなたを苦しみから救ってくれるのは、何でしょう? ー 前編


 

昨今の日本では、いじめ差別過重労働、etc….と、

色々な軋轢(あつれき)に耐えかねて

自分で命を絶つ方々が減ることがありません。

若くして自殺するケースなどは、減らないどころか増えてきています。

そんな先進主要国は日本だけです。

 

そういったニュースなどを見聞きするたびに、本当に心が痛みますが、

つきつけられる数字を見ても、これは否定することの出来ない悲しい現実です。

 

実際には、なんと、日本だけで年間3万から3万5千人の方たちが、

毎年、自分で命を落とされています。

 

単純計算で言うならば、

1か月で2500人

1日に83人

1時間に4人

つまり、15分に1人・・・・。

20代30代の死因トップが自殺という年もあり、若者の死の半数が自殺というデータも。

 

しかも、遺書がない場合は、日本では、

自殺とカウントされないようです。・・・変死、という扱いになります。

しかし、その変死扱いをされてしまった方々を入れれば、

実際は1日に400人前後の方々が自殺・・・という、あってはならない数字になるのです。

 

恐ろしいことです。

3万人、と簡単に言っていますが、

世界中のテロを合わせても、年間3万人もの死者は出ません。

 

平和大国、平和ボケなどと言われる日本ではありますが、

実際には先進国では最悪レベル、世界で上位の自殺大国でもあるのです。

特に、若年層の自殺は世界でもトップクラス。

しかも、事故死よりも自殺が多いというのは、世界でも日本だけと言われています。

なぜ、日本がこうなってしまっているのでしょう?

 

30年以上も前のことですが、色々な国から集まった友達とあれこれ雑談していた時、

とある話の流れから、

「世界一、自殺で有名な国って、どこだか知ってる?」

と、聞かれたことがあります。

私「え?そんな国あるの?どこ?」

友「日本だよ。」

私「ええ~~~~~っ!なんでー?」

友「カミカゼだよ。

そこから日本の ’自殺’ は知られるようになったんだ。」

・・・・という会話でしたが、うなずく色々な国の外国人の仲間達の顔を見て、

妙に納得したのを覚えています。

特攻隊員が誰しも死にたくなかったのは優に想像できますが、

そういう拒絶が許されない方向に導かれる国民性が育ちやすい環境があるかもしれません。

(余談ですが、このことから派生した話を、その当時、朝日新聞に投稿したところ、

すぐに載せて戴き、物議をかもしました。今も、昔も・・・という気がします。)

 

カミカゼの時代から、いえ、もっとそれ以前から、

自分の意図に反してでも、自殺を選ばざるを得ない歴史はありました。

そんな強制的な自殺方法さえまかり通って来た

世界の中でも特徴的な個性を持つ日本の歴史文化考え方は、

究極の右に倣え(ならえ)もあったりしますし、

改善されて来てはいるものの、上に従わない者はダメ

という上下関係が今もなおハッキリ存在しています。

さらに、なにか 自分と違うもの に対して、忌み嫌い

疎外する風潮なども随所に残っている気がします。

 

単一民族であり、

何ごとも人と同じように出来るように子供を育て、

教育現場でも、運動会や学芸会などでは、

間違いや失敗がなくなるまで反復練習し、

人と違うことをやると叱られるという風潮。

日本ならではの文化のような気がします。

他者と同じようなことを出来ないことは罪悪でもある・・・

そんなプレッシャーやストレスが育ちやすい風土もあるかもしれません。

 

子どもの救済のために世界を旅する黒柳徹子さんは、

悲惨な状況に置かれている子どもたちをたくさん見てきました。

両親や姉兄を目の前で殺された子ども、

ゲリラに腕や足を切り取られた子ども、

親が蒸発し、小さい弟や妹を残された女の子、

親友だった家畜が、飢えて死んでしまいぼう然としていた男の子、

家も学校も、すべて破壊されてしまった子ども、

難民キャンプを、たらいまわしにされている孤児たち、

家族を養うために売春する子ども。

しかし、ほうぼうで聞いて歩いても

そんな状況のなかで、自殺をした子どもは一人もいない、と聞くのだそうです。

希望も何もない難民キャンプですら、聞いても聞いても「自殺した子はいない。」と。

日本では子どもたちが自殺しているのに・・・。

それどころか、子供たちの純粋な笑顔をたくさん見て来られました。

 

本当は全力で楽しまなければいけないはずの、せっかく戴いた命(人生)なのに、

これほど多くの日本人が、苦しみからの脱出方法を見つけられず

頼る術をなくして絶望し、最悪のシナリオで終止符を打つ・・・

そんな恐ろしいことが減らない日本・・・。

それが、自分の愛する家族や友人に起こらないとも限らない、高い数値が突き付けられています。

 

豊かなはずの日本。

しかし、一体、豊かさとはなんなのでしょう

貧しく苦しい生活をしている子供たちがたくましく生きているのに

有り余る食べ物がありちょっとした贅沢も出来る日本の子どもたちが自ら命を絶っているなんて・・・。

 

世界的に見ても、識字率も高い国であり、受験大国の日本。

また、勤勉さを育てる教育は、世界でも自慢できるような高品質な製品を作り続けています

しかし、遅ればせながら、それが豊かさの基準ではないことに気づくときが来ているようです。

私たちには、きっと何か、肝心の学びが欠けているのかもしれません。

 

今、これを読んで下さっている皆さんは、

ある程度、苦難の脱出方法をご存知だから、今、こうして生きていられるのですが、

現実は、全ての人が優しいわけではないですし、

いい人ばかりに囲まれていたくてもそういうわけにもいきません

しかし、その脱出法を見つけられない方に、

いったい、どうやって、道を示したらいいのでしょう?

 

実際、友達がどんなに励まそうと

どんなに家族に愛されようと

死を決断してしまうのは、本人です。

または判断できないレベルに落ち込んでしまった

精神的な病気もあります。

こういった形で亡くなった方のご家族や友人の苦しみを見ても、

その方がどれほど愛されていたか・・・・誰が見ても明らかな場合がほとんどでしょう。

多くの場合、実はそれほど愛してくれている方々も実際に周囲にいるのです。

言葉で愛を表現しない日本人ですが、目に見えなくても愛はあるにもかかわらず、

その深い愛よりも、辛い現状から目をそらすことができず

逃れる術を知らないまま、最後の決断をしてしまう・・・。

 

あるいは、生涯、本当に苦しいことしかなかったと言って、

ご自分の生い立ちの苦しいストーリーを切々と語る方もいらっしゃいます。

また時には、ご家族に恵まれず友人にも恵まれず病気も発症し、介護に追われ、

・・・などという切ないストーリーを延々と語る方もいらっしゃいます。

もちろん、それは確かに辛い人生を歩んで来られたと思います。

しかし、そんな方たちも、その生涯で、誰にも親切にされたことがなかったのか・・・・?

というと、いい人だって周囲には必ずいて、出会っているはずなのです。

なのに、そんな方々のことには一切触れず、

辛い境遇のことだけをずっと思い、語り、悩む・・・・。

苦しみが頭の大部分を占めてしまっている方々も多いのです。

 

どちらの方向を見れば楽になるのか

という訓練を受けていないのです。

確かに辛いことが99あるのに、救われることが1しかないケースもあるでしょう。

それでも、その1を見る努力をしてみるという生き方を知っていれば、

少しは人生が楽になるのです。

 

自分の経験の例を出すのは狭量な印象かもしれませんが、

例えば皮膚炎で入院している患者さんを見ても、

かなり重症なのに冗談を言って笑っている人もいれば、

結構軽いのに、毎日泣いている人もいます。

これだけでも、向いている方向の違いで人生の質が違って来るのは明らかです。

病気の方でも、努めて明るくすることで、

自律神経のバランスがとれて軽快していくこともあるのですから。

 

つまり、苦しい時、どちらの方を向くと楽になれるのか

別な言い方をすると、向く方向を変えると楽になれる

という訓練学習本人が経験していないと

どんどん泥沼に引き込まれて、抜け出せなくなるのです。

 

もう一つ思うことがあります。

日本では、今も「とにかく立ち向かえ。」「負けるな。」「がんばれ。」

みたいな教育方法がはびこっていますが、

時として逃げてもいい。」

という教育はあまりありません。

トラやライオンから小動物が逃げるのは悪いことでしょうか

小動物に、ライオンと戦えって、そりゃ、鬼でしょう。(笑)

自分を守る為に、逃げる、という方法も選択肢として知っていなければいけないはずなんです。

 

私は、日本の教育には、

そういった訓練(学習)が欠けている気がするのです。

教育を批判するつもりで言っているわけではありません。

その足りない部分を補うために、一人一人の学習(経験)が大事だと言いたいのです。

自殺に限らず、多くの苦しみ悩みは

(好むと好まざるにかかわらず)辛いことの方が生活のメインとなって

日々を過ごしてしまっているケースがほとんどだと思うのです。

 

周囲に、「逃げてはいけない。」とずっとすり込まれて育ってきましたから、

何かに敗北している自分が許せず、

逃げずに繰り返しイヤなことを思い出してしまっているのです。

つまり、この習癖は、ある意味、親や日本の教育から植え付けられた、

独特の ”ふんばり思考” が影響しているところもある気がするのです。

「がんばるだけが、全てじゃないよ。時として、逃げたっていいんだよ。」

そういうことも知っていたら、どれほど楽でしょう。

 

どんなに辛くても、結局は、

解決出来るのは本人だけです

周りがどんなに尽力しても優しく守ろうとしても

脱出出来るのは、

他ならぬ本人自身だけです。

 

私は、’苦しみ’ から人を救ってくれるのは、’苦しみ’ しかないと思っています。

なんだか、変な話に聞こえてしまうかもしれませんが、

つまり、苦しみを体験すること辛い経験こそが

次に出て来た辛い経験を乗り越えるための力になると思うのです。

 

辛いこと、ありがたいことはどちらも必ず起こりますし、

その比率は人それぞれかもしれませんが、

本人がどちらに重きを置いて生きていくか

・・・実は、そこに

たくましく生きていく方法のポイントがあるはずなのです。

 

死にたい思いにさせるようなひどい相手を変えるのは、

残念ながら、ほぼ、無理なことです。

あなたが自分を変えるのが難しいように

他人は変えられない人の口に戸を立てられない

これはほぼ不変の事実です。

さらに、人生、いいことだけに囲まれて生きていくことも不可能ですから、

自分で自分を守る力をつけないことには、どうにもこうにも解決がつかないのです。

 

ですから、自分のとらえ方を変えるしかない・・・・

つまり、

見る場所着眼点を変えるという方法を無理矢理でも訓練するのです。

あるいは、その場を去る、という究極の選択があることを知ることです。

 

さらに言うと、頭の中で考えることは

自身にしか選択できないのですから、

辛いことを頭で反復せずに、ありがたいことだけに意識を集中して、

そちらに焦点をあて、自分で自分を守るのです。

自分が壊れてしまってから這い上がるというのは、あまりにも難しいのです。

 

(でも、でも、辛すぎて、

自分に起こっていることから目をそらすなんて無理だ・・・。)

と思われるかもしれません。

わかります。だからこそ、悩まれるのですものね。

 

しかし、そういう方にこそ、言いたいのです。

辛い経験をした時に生きてくるのが、実は過去の辛い人生経験なのです。

つまり、自分が苦しい経験をすることで、

次の苦難が、少しだけ乗り越えやすくなるのです。

つまり、乗り越える実力がついてくるということです。

 

超簡単なことのように言ってのけている印象を受けるかもしれませんが、

実際は、相手を変えることは困難を極めますので、

雑草のように踏まれても立ち上がる力を少しずつつけていくことが、

一番力になるものですし、それには、やはり辛い経験が生きるのです。

経験していなければ、生かせないのです

水泳の本を何十冊読んでも、泳げるようにはなりません。

プールで間違って水を飲んで、鼻に水が入って痛い思いをして、

初めて泳げるようになるものなのです。

 

ですから、辛い経験をすることは、実は、大切な大切な、通った方がいい道なのです。

いつも振り返るとわかることなのですが、

その時その時、あなたに一番ふさわしい人生修行が現れてきているはずです。

不思議なくらい、今のあなたは、今のあなたにとって一番勉強になるところにいるはずです。

苦労は買ってでも・・・とまではお勧めしませんし、

私は売ってでも苦労したくはありませんが、(笑)

少なくとも、今、苦しみの真っただ中にいる方には、

それがあなたの将来にプラスになるのだということを心の片隅において、

自分で自分の心を軽くしてほしいのです

 

今、あなたが辛い経験をしていることは、

必ず、あなたを一歩成長させてくれています。

今は確かに辛いです。

でも、今の苦しい経験は将来の肥やし栄養です。

(ああ・・・これを通り過ぎたら、私は強くなれるんだ・・・。)

そう思って、焦点を変えるトレーニング、また、その場を去る選択をしてください。

 

病気になった時・・・あなたは相当辛い経験をします。

でも、病気をすることで、あなたは以前よりもっと優しい人になっているはずです。

交通事故を起こしてしまった時・・・あり得ない辛い思いを経験するかもしれません。

でも、事故を経験した人は、必ず少しずつ謙虚になるという成長をします。

 

経験は生きるのです。

次の(未来の)あなたを、そしてあなたの周囲の人たちを、救います。

 

辛いことはなんのために起こるのでしょう

それは、生かすために起こる、としか言いようがないと思っています。

心を成長させ将来それを生かすためにだけ起きています

だから、生かせるような生き方をしなければならないのです

 

将来、あの辛い出来事があったからこそ今の自分がある。」

そう言える自分にならなければいけないのです。

 

ストレスをよける方法を少しずつ身につけなければいけません。

しかも、人に頼るのではなく自力で

いちいち誰かに頼って励ましてもらった時だけ自分を上げる生き方では、

次の困難に対処する実力がついていかないのです

 

困難を乗り越える力をつける為には、

経験して、そして、その苦難の中で視点(着眼点)を変えること・・・

それに尽きます。

 

親御さん、あるいは、後輩や部下を持つようになったみなさん。

どうぞ、今の苦難の経験を、いい学習だと喜びで受け止めて、すっきり前に向かってください。

そして、たくさんの後進にそのノウハウを少しシェアしてあげてください。

誰かが救われるかもしれません

 

あなたの今の苦しみは、未来の自分を救うだけでなく、

他者をも救う知恵となる・・・・是非、心に留めていてほしいと思います。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

 

 

P. S. 後編は具体的な例をあげて、さらに深く、

苦しみからあなたを救う”苦しみの経験”について話しています。

以下の写真の下にサイトがありますので、続けて読んでみてくださいね。

 

 

 

後編は、こちら。 👇 クリックしてね 👇 

あなたを苦しみから救ってくれるのは、何でしょう? ー 後編

 

 

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悩みにどっぷり浸かってしまっているあなたへ

 

逃げたっていいんですよ。

 

 

 

 


アトピー性皮膚炎 講演会 in 神戸(4月28日・日曜日)


脱ステ・脱保湿に興味があるみなさん。

やり始めてみたけれど、今一つうまく進められなくて困っているみなさん。

神戸脱ステ・脱保湿』のスーパードクターたちが集まりますよ。

きっと、あなたに素敵な気付きを与えてくれます。

是非、お話を聞きにいらしてみてくださいね。

 

 

ごめんなさい、

私のスピーチを期待されている方々から、たくさんメッセージを戴いていますが、

今回はありませんので、ご了承ください。

重鎮っぽく見えても(?)私、レギュラーではないので。(笑)

私の無駄話は、ただの ’聴く修行’ (笑) になるだけですし、

そんなのより、も~~~~っと本格的ないいお話が聴けますよ。

本当に、あなたの助けになります。

是非、お時間に都合をつけて、いらしてくださいね。

たとえ遠方でも、

「来てよかった。」

そう思える素敵な講演会です。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

千代田区 千鳥ヶ淵 2019.04.06

 

 

 


理不尽過ぎることに出会ったあなたへ


 

生きていると、本当にいろいろなことが起こります。

理不尽過ぎることに出会うことも、誰にでもあるものです。

そんな時は、どうにもこうにも、そのことに心を囚われてしまうのは誰しも同じでしょう。

やりきれない思いに苦しめられることは、とっても大きなストレスですよね。

 

例えば、こんなことがあったりします。

 

見た目がベビーカーと似ている車椅子にお子さんを乗せ、

電車のドアの端っこ側に立っていたお母さんに、

先の駅で降りた学生が、ドアが閉まる直前に

「ベビーカーは邪魔なんだよ!」と吐き捨てるような言葉を浴びせる。

障害を持ったお子さんを一生懸命育ているお母さんは、

「これは車椅子なんです!」と弁明も出来ずに、

動き出した電車の中で、本当にやりきれない思いだったことでしょう。

 

取り返しのつかない犯罪を犯してしまった家族を持つ人。その家族に罵声を浴びせる被害者。

どちらも理不尽です。

 

明らかな医療ミスで、大切な家族を失いながらも、

証拠を隠蔽され、命を奪われたにもかかわらず、命を奪った手術に高額な料金を支払った人。

筆舌に尽くしがたい悔しさです。(これは、私の経験です。)

 

何一つ落ち度がないのに、巻き込まれた交通事故

責任を負わなければいけないケースも多々あります。

 

自殺に巻き込まれた、電車の運転手さん・・・。

真面目に勤務してきたのに、さらされる世間の目・・・・。

 

いろいろな理不尽な経験は世間のそこかしこから聞こえて来ます。

簡単に忘れることが出来るものではありませんよね。

過ぎてしまったこと、と思えるレベルではないこともたくさんあります。

それでも、

人は、前に進んでいかなければならない・・・・。

 

そこで、今日は、人間の苦しみについて、少し私の考えを話したいと思います。

 

人はなぜ心に苦しみを抱えるのでしょう

 

いやなことがあったとしても、もし、そのことを思い出さなければ、

いやなことはあなたの人生に関係なくなります。

しかし、私たちはイヤなことに限って、思い出してしまうものです。

嫌いなヤツのことに限って、よく思い出しがちです。(笑)

ふと、気がつけば、そんなイヤな過去や、いやなヤツとのエピソードを思い出している・・・

そんな自分の思考の動きに、うんざりすることも多々ありませんか?

でも、それが普通だと思います。

 

・・・ところで、ちょっと変な話をしますが、

私たちは皆、人間には過去現在未来がある、と考えています・・・よね?

ずっとその一連の動きが連綿と続いているから、一人一人の人生がある・・・・

そう、思っているのが普通だと思います。

 

しかし、ちょっと思い浮かべてみてください。

あなたがたった今、イヤなアイツのことを思い出したその一瞬・・・・

そこには、あなたがどんなにがんばっても、ふんばっても、逆立ちしても、

絶対に戻れません。

その一瞬は、すでに『過去』になっているからです。

言うまでもなく、あなたは過去決して行けません

 

また、あなたが、1分後に水を飲もうとしているとします。

しかし、1分後に水を飲んでいる時には、もうそれは『未来』ではなく、

『現在』になってしまっています。

あなたは、『未来実は行けないのです

 

あなたの人生は、実は、

・・・・の連続なのです。

自分だけは時々ワープしてる、とか、ないですよね。(笑)

だけが、実はあなたの人生なのです。

今、今、今、今、と人生をつなげて来ていますが、

その、自体が実はあなたのなんです。

 

ちょっと、難しいことを話しているように聞こえそうですね。

 

では、少し言い方を変えて行きましょう。

10秒前に、イヤなアイツのことを考えたあなたは、

その、二度と帰ってこない貴重な瞬間を、

つまり、貴重なあなたの命を、

イヤなアイツのことを考える、ということに捧げてしまったのです。

あなたの『命』なんです。

大切な、大切な、戴いた命を、

二度と帰らない大切なひと時を、

あんなイヤなヤツの為に使ってしまったのです

 

ちょっと、もったいない・・・と思いませんか?

 

よ~~~~~~く考えると、実は、

私たちは過去にも未来にも行けないのです。

(=現在)』しか生きていません

その『今』を、幸せに生きなくてどうしようというのでしょう

 

生きている一瞬一瞬を大切に使って行く

人間は、実は、それしかない・・・と私は考えます。

(そんなことはわかり切っていても、だからと言って、

なかなかサクッと切り替えられないのよねぇ・・・。)

と思うのはわかります。

 

でも、じっくり考えてみてください。

色々な悩みも、

押し寄せる苦しみも、

『過去』『未来』

あなた自身がこだわっているから

起こっているんです。

 

イヤな『過去』に囚われると、それは、

今この一瞬のあなたを苦しめ不快にします

あなたが唯一過ごせる『今』、というひと時を台無しにします。

決して過去には戻ることは出来ないにもかかわらず、です。

 

『未来』を憂えると、『今』しか生きられないあなたの、

今のこの一瞬を台無しにします

しかないのに、『をイヤなことに費やしてしまっているのです。

 

どうでしょう?

あなたは、随分、自分の人生命を

望まない生き方に使ってしまっていませんか

『過去』や『未来』を思うあまり、

今の一瞬を、

二度と戻らない一瞬を、

苦しいものにしてしまっていませんか

 

悩み、苦しみ、というのは、

実は、私たちが、今しか生きられないにもかかわらず、多くは、

実際には行くことが出来ない過去未来に焦点を置き過ぎるがゆえに

起きているのです

に集中するしかないはずなのに、

過去と未来にこだわってしまうのが私たち人間なのです。

 

理不尽過ぎることに出会ったりして、

そのことをついつい繰り返し思い出してしまい

苦しい思いに追われているあなた・・・・。

お気持ち、お察しします。

しかし、その問題は、

『過去』に戻って解決することは絶対に出来ません。

変えることが出来ない過去のために、『すらも犠牲にしている

二重の損だと思いませんか?

 

”もし、その問題を今、悩みぬいて考えなければ、

確実に苦しい未来が必ずやってくる、

だから、私は、今、苦しくても悩み考えなければいけない・・・。”

というケースも多々あるでしょう。

それはそれで、『よりよい未来』という名の『現在』に移動する為に、

考え抜けばいいのです。

取り返しのつかないほどの理不尽な事態に関しては、

無理に忘れてがんばり過ぎることはしなくていいと思います。

 

私が、今、伝えようとしているのは、

理不尽なことを言われたり、経験したことで、

現在、気分も上げられずに苦しい思いをしている方々に、

『過去』と『未来』には実は行けないのだ・・・という事実を、ふと再認識することで、

今のこの一瞬を苦しみから逃れてなんとか乗り切ってもらいたいということなのです。

に集中することで、苦しさを追いやってほしいのです。

 

つい先日、私も、とても理不尽な経験をしました。

普通であれば、胃の辺りから何かが込み上げて、

胸の辺りがえぐられるかのごとく、

ひどい痛みを味わうような内容だと思います。

何一つこちらに落ち度がなく、

攻撃などしたわけでもなければ、悪意も一切なく、

善意のみで行っていることを、

見事に悪くとらえて、攻撃してくるような人々って・・・・いるものです。

でも、その理不尽な思いをした『過去』に囚われて

何度その過去を繰り返し思い出しても

起こった過去に戻って何かを変えられるわけではありません

 

考えれば考えるほど、

思い出せば思い出すほど、

今、今、今、と、連綿と続く自分の命を、

いやなことを思い出すと言うもったいない時間(=)の使い方で、

無駄にしていることになるのです。

私たちは、を幸せに生きなければいけません

イヤなことに囚われて、イヤな人を思い出して使う時間(=今)を、

有意義なことに使った方がずっとましです

自分の大切な人達の為に使った方がずっといいのです

 

私自身は、どちらかと言うと、起こった事を深く感じ取る性質がありますし、

さらに、誰かをやっつけてやろうとか、仕返ししてやろうとかいう考えは皆無で、

これと言って悪気があるタイプではありませんから、

理不尽なことを経験した時は、

多分、心の中は誰より傷ついているかもしれません。

それでも、を大切にした方がいい、という考えから、

その傷を何度もえぐるようなことはしないように、

自力で切り替える試みをしています。

 

私は、理不尽なことが起こったなら、まず、無理矢理思います。            

 

ふふん・・・。

面白くなってきたぞ。)

 

イヤなことがあった時に、ニタッと笑って、

(面白くなってきたぞ。)

と、心ではっきりつぶやいてみるんです。

現在の、この一瞬がぱっと明るくなります。

やってみてください。

 

あるいは、

ここからよくなる!)

と、笑顔で自分につぶやいてみてください。

小さな声でもいいですから、

実際に、言ってみてください。

 

そもそも、悪気のなかったあなたに、理不尽なことを言ってくるような相手は、

説得してわかるレベルではないのです。

あなたとは、生きている学びの段階が違う相手なのです。

この先、未来に説得してわからせてやろう、と思っても、

その相手は、どんなに説得しても、

その人自身の学びの時がこなければ学ばないのです。

相手の学びの時が来るのは、相手のペースなのです。

今、相手を思い通りにしようと思っても、

あなた自身の命(=現在の無駄遣いになります。

 

誰だって生きているといやなことは起こります。

私だって、いやなことを経験することはあります。

理不尽なことを言われることだってあります。

 

でも、(=この一瞬)しか生きられない、と考え、

今現在の自分をサクッと上向きの心に切り替えて、その苦しみから逃れてください

今(=命)を無駄にしないために、

面白いことになってきたぞ。)

ここからよくなる!)

と、無理矢理、現在の下げ下げムードを『上げ上げモード』に切り替えてください。

苦しい時は、『にだけ集中するのです

 

これは、あなたの脳にしか出来ません。

あなたの今(=現在=命)ですから、コントロールするのはあなたです。

イヤなヤツ、イヤな出来事は、

どんなに理不尽であっても

明日のあなたの肥やしです

 

今、今、今・・・

と、現在のこの瞬間を幸せに生きるあなたに、

かならず、素敵な未来という名の『現在』がやってきます。

とにかく、今のその苦しみから脱出してください。

ストレスを抱えたら、体にだってよくないんです。

 

幸せな今の連続を自力で作り上げてください

 

自分の貴重な人生を、他人に振り回されないためにも、

辛いことがあった時、理不尽な思いをした時、

 

面白くなってきたぞ。”

ここからよくなる!”

 

ニタッと笑いながら、声に出してつぶやいてみてください

あなたの中の何かが、上を向き始めますよ。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

 

 

 

 

 

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変なオジサンがくれた人生の贈り物


 

あの人変よね~。」

ちょっとしつこくないあのオジサン?」

「やだ~~~、あの人苦手~。出来るだけ話したくない~。」

・・・・と、世間にはいろんな人がいるようで、

私たちはその変なヒトを出来れば避けたいと思ってしまいます。

それが職場で毎日顔を合わせる人であれ、

家族であれ、

友達のグループの中の人であれ、

ちょっとだけ距離を置きたい・・・。)

そう思う存在は、誰にでもいるものです。

 

もちろん私も、出来れば変なヒトは避けたいですが、

ただ、比較的、バラエティに富んだ人々を(笑)少しは受け付ける方のような気がします。

つまらないシャレを言い続けるオジサンなども、

わりと相手にしてしまっちゃうところもあります。

あまりにつまらないと、

あの~、すいません

どこで笑えばいいんでしょうか?」

と、突っ込んだりするのも結構好きです。

時には、ちょっと目上の人でも、

笑えないネタを公開したとあらば、

おい。」

こらこら。」

と、とんでもない失礼なツッコミを入れて、なんとか笑いにしようと試みています。(笑)

どうしたって避けられない関係もありますから、

自分の人生を楽しむためには、避けられない人には、

それなりの対処を考えて行くしかない気がします。

 

さて。

そんな私がかつて出会った、変なオジサン(笑)のお話をひとつ。

相当昔の話ですが・・・・とある航空会社でキャビンアテンダントをやっていたことがありました。

その頃、CAを担当する事務職の中に、CA仲間みんなが苦手としているオジサンがいました。

な~~~んかエロエロで(笑)、皆、出来るだけ会話は避け、

必要最低限の情報交換だけで、サササッと身をひるがえしてその場を去る・・・

みたいな感じです。

 

ある日、その事務職のオジサンが、

私のフライトしている便に、

お客様として乗って来られました

まあ、他のCAたちは、当然、挨拶だけ。

心はこもっていなくても満面笑顔

・・・だけは忘れませんが。(笑)

で、私は、その時、パーサーであっただけでなく、

必ず、知人には何かお話はするように心がけていたので、

仕事の手が空いた時に、

オジサンの席にご挨拶に行きました。

評判も知っていましたし、みんなの評価にも同意していながらも(笑)、

私の場合、ただ、フツーに嫌がらない

他の知人と同じように接する、といういつもの行動なだけだったのですが、

これが、思わぬ気付きのきっかけになるとは・・・

思いもしませんでした。

 

「こんにちは、XXさん。お疲れ様でございます。

今日はご出張か何かでお出かけでいらしたんですか?」

すると、そのオジサンは、いつになくしんみりと答えました

「いや~~~・・・。親父が死んじゃってさ~。葬式の帰りなんだよ。」

私「・・・!!そ、そうでしたか!!!

それは・・・ご愁傷様でございます・・・。大変でしたね。」

 

そこから少しの間、会話が続きました。

状況が状況だけに、私も少し立ち止まり、お話をお聞きすることにしました

 

「92歳だったんだよ。大往生だから、まあ、こればっかりは仕方ないんだけどね。

いい、オヤジだったよ。

親孝行ほどのことも、たいして出来なかったんだ。

でもね俺ねひとつも後悔してないんだよ

俺はひとりもんだし、おふくろもかなり前に亡くなっているから、

俺、ず~~~っとオヤジのこと、海外旅行に誘って、たくさん連れてったんだよ

オヤジと二人で、いろんなとこ行ったな~。

世界中、見て来たよー。ホント、楽しかった。

オヤジもすごいいつも喜んでたし。

たくさん思い出があるから後悔はないんだ。」

 

・・・と、亡くなったお父様との思い出を語られました。

 

通常、誰しも、親が亡くなった後に、

親孝行してあげられなかった・・・。

あれもしてあげたかった

これもしてあげたかった

・・・・と、少し後悔するのが普通です。

 

でも、全く後悔のない見送り方をして、

楽しい思い出を胸に、残りの人生を生きて行く・・・

 

なんだか素敵だな・・・・と思いました。

 

以前、このブログで、私は自分の母が、他者によって、

突然命を絶たれたことをお話しさせて戴いたことがありますが、

その当時は、あまりに突然だった上、まだ私も(今より!)若かったので、

これといった親孝行も出来なかったことに、相当苦しい思いをしたのを覚えています。

だからこそ、残った父親の最期の時には、

決して後悔のない送り方が出来たら素敵だな・・・

そう思っていました。

 

私の父は、愛いっぱいの人でしたから、

娘には絶対に世話にならない、面倒をかけない・・・という思いが強く、

どんなに誘っても、私の家族と暮らそうとはしませんでした。

でも、あの時、変なオジサンにヒントを戴いたあの短い会話が印象に残っていて

(私自身も、父も、旅行が大好きだったのもあり)

28年間、遠く離れた故郷で一人暮らしの父を、

家族旅行にずっと誘い続けました

 

色々な国に行きました

亡くなる前の数年は、

ちょうど息子たちも親の旅行について来ない年頃だったので、

老人と娘の二人だけの珍道中で、

父の大好きなヨーロッパのあちこちを歩き回りました。

 

亡くなる8か月前が最後の旅行になり、

その時は、ヨーロッパの一番西の端ポルトガルのロカ岬まで行きました。

岬に立った父は、もう、自分があまり長くないことをなんとなく感じていたのでしょう、

「あ~~~~・・・・ついに、ここまで来たな~・・・・・・。

ここまで旅行するなんて、夢にも思わなかったよ。

あ~・・・・ホントに、来たんだな~。ここまで、来たな~~~・・・。」

80歳をとうに過ぎた父は、青い海を見つめながら、

しみじみとつぶやいていました。

ロカ岬には、

ここに地終わり海始まる

の石碑があります。

悠久の時を超え、かつて、ここが地の果てだと信じた人達と

同じ景色を眺める・・・・

感慨深い、思い出の地です。

 

父が亡くなる前に入院していた時、

病床の横に座っている私に、父は何度も何度も、言ってくれました。

「(自分の人生で)後悔することはひとつもないよ

おまえとは、世界中を見て歩いたな~・・・。

ほんとに、たくさん、見せてもらった。

楽しかったな~~~~。

世界中を見たから

もう、思い残すことはひとつもないよいい人生だった

ありがとう。

本当に、ありがとう。」

 

私も、父と世界中を見て周ったことがいい思い出になり

本当に、心から、一緒に行ってよかったと思えました。

特に晩年は、年老いた父を、

逆に娘が面倒を見るような場面も時々あり、

立場が逆になったことに、

なんとも微笑ましく父を見ていた自分を覚えています。

 

もう体が動かなくなっても、最期まで、父の目は、

はっきりと意識があることを伝えてくれていました。

そして、

「ありがとう。思い残すことは、ひとつもないよ。

ありがとう。いい人生だった。」

さらに、心で繰り返してくれていたのがわかりました。

 

私も、父の手をしっかりと握りながら、

「お父さん、ありがとねー。

お父さんの子供に生まれてよかったよ

お父さんの娘で生まれてきたから、本当に幸せだよ。ありがとう。

一緒に旅行もたくさん行けて、ホントに楽しかったね。

最高のお父さんだよ

大好きだよ。

本当に、本当に、ありがとう!」

・・・耳元で、たくさん感謝の言葉を伝えながら最期の別れが出来ました。

 

至らない娘だったけれども、

楽し過ぎるくらいの思い出をいっぱい作り、

私なりに、精一杯父との時間を有意義に過ごしました。

「親孝行はたいして出来なかったけど・・・後悔はないの。

私の父親は、本当に素晴らしいお父さんだったよ!!」

 

私も今、誰にでも、すがすがしい気持ちでそう言うことが出来ます。

この気持ちは一生の宝です

 

・・・・誰もがとんでもなく苦手としている変なオジサン(笑)との何気ない会話が、

私の、一生の後悔をなくするヒントになりました

 

・・・人生では、避けたくなる人もいます。

顔も見たくない人も、現れます。(笑)

それでも、私は、全ての出会いには意味があると考えています。

それは、雑踏ですれ違う一人一人も全て、です。

全てが、私たちの栄養です

きっと、起こった事全てにも学びがあるのだと思います。

 

ちょっと嫌なアイツの言動も、

たまには少し耳を傾けてみませんか

あなたの、一生を変えるくらいのセンセーションを、

ポロッと拾うことが出来るかもしれませんよ。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

 

 

 

 


あなたは、どんなキャラで行きますか?


 

よく、あなたのキャラに関して、他人から言われる同じセリフがありませんか?

ちょっとオトボケ・・・とか、

こだわり派だね、とか、

しっかりしてるね、とか。

 

もし、何度も言われたことがある同じセリフがあるとしたら、

多分、それは、あなたがそう思っていなくても、

ホントのあなたの一部かもしれません

たくさん言われて来たことが、いつの間にか、

あなた自身の本質を構成していることって、結構ある気がします。

 

私がよく言われるのは、

エネルギッシュですね。」

なんかパワーを感じる。」

・・・なんとなく、むふふ・・・と笑える、ごっついイメージですが、(笑)

私を形容する共通の言葉です。

(お会いしたことのあるみなさん、そうですか~?)(笑)

自分的には、おとなしめのヒト(自称、繊細。)のつもりでいるのですが、

全然そうではないみたい。ははは。

 

まあ、確かに、

元気のない、小さくなって震えている私を

見た事のある方はいないかもしれません。(笑)

きっと、私は、エネルギッシュで

パワーがあって

なんかガンダムみたいに強そうなのでしょうね。

水着のワンピースを着た日にゃあ、たちまちプロレスラー

・・・・みたいな。

今もまだ、そこ~まで納得してはいませんが・・・。(笑)

(・・・ホントに、もうぅぅぅぅ~~~~~っ・・・か弱いのにぃ~。)

     ↑ 徳子のひとり言・・・。

 

英語だとみなさん私を形容するのに

inspire をやたらしょっちゅう使ってくださいます。

語源に”インスピレーション”がありますので、

そういうと少しわかりやすいかもしれません。

インスピレーションは辞書だと霊感インスピレーション(そのまんま・・・)。

その他に、感動感激鼓舞激励感化息を吸い込むこと

・・・・などなど色々な意味が載っていますので、

その場その場で、いいように受け止めようと思っています(笑)。

息を吸い込むこと っていうのもありますが、

まさか、立派な体格のせいで、

私の周りだけ酸素が薄くなってみんなが困っている

・・・いやいや、そんなはずはありません。(笑)

 

また、これは、キャラではありませんが、

私に出会った方々は、たいてい、まず、

いつもニコニコしてますね。」

と、おっしゃいます。あるいは、

なんだか楽しそうですね~。」

なんて言い方もされますが、

これも、私という人間を構成する一部なのだと思います。

はい、だいたいいつも、楽しく笑っているんですよ。(笑)

どちらかというと、うふふ、とか、おほほ、でなく、がはは、ですが。

(日本語表現って、おもしろいですね。これだけで通じますよね、私たち。)

多分、呆れるくらい、楽し気に見えるのかもしれません。

だって、「落とさない。」って、決めてますから。

 

笑顔で他人に接する事は、最低限の社会貢献だと思っていますし(笑)、

なんたって、自分で自分の機嫌をとれないようなやつぁ~ダメダメだ、

と、自戒を込めて考えているので、

人様に機嫌を取らせるようなヒトにならないように努力しよう・・・とは思っています。

 

ただし、私のこのヘラヘラ・ニタニタ習慣には意外と歴史があって、

私が小学校二年の時に決めた事なんです。

人生って、忘れられない瞬間ってありませんか?

私は、この自分の人生のキャッチコピー的なことを決めた瞬間を、鮮明に覚えています。

 

私は自宅の居間のソファーに座って、小学館の学習雑誌

『小学三年生』(二年生のくせに、なぜか本は三年生)の記事を読みながら

ふと、

(あ・・・。私、今世は、笑顔で生きていこう・・・。)

と、思い立ったんです。

(当時、今世という言葉は知りませんでしたが、つまり、この命を、ということです。)

その方がいいに決まっている、と思ったんです。

物心がついたころから、やたら人生のことや人間関係のことを

大真面目に考える、哲学する子でした。

なんとも、変わり者だったようですね。

 

そんなわけで、自分で自分の人生を

楽しい方向に持っていかなくっちゃ、

という考えに至り、その結果、

楽しいから笑うんじゃなくて

笑っていると楽しくなる

順番はそれだ・・・という思いに至ったのが、その小学二年の時。

結局、笑いながら楽しいことを自ら見つけ出す繰り返しを試み、

気付いたら、また、笑っている・・・・ということになりました。

 

ステロイドの副作用で、全身に及ぶ重症皮膚炎を経験した時も、

心の中のエネルギーはずっと満タンでした

全く、へこたれませんでした。

肉体的に、起きあがる体力もなく、ボロボロの時もありましたが、

痛み、痒みで体は限界になっている時も

実は、心の中は元気いっぱいでした

ぐったり横たわりながらでも、まだ自虐ネタを言っていたくらいです。

死ぬわけではない病気だと考えましたし、

(実は、そうでもないくらいひどかったみたいですが・・・)(笑)

セルフイメージが作った強い私 が、私自身を平気な顔で支えていたんです。

 

***実際、阪南中央病院に入院した時は、

全身の浸出液と落屑(カサブタが大量に落ちること)が多すぎた為、

タンパク質が限界まで減少し、

深刻な低アルブミン血症を発症していたことから、

「あの時は、腎臓崩壊寸前。

それほど重症だったんですよ。」(山田先生・後日談)

(どひゃ~♪)←徳子の心の声

・・・と、担当して下さっていた山田貴博先生

(現 天下茶屋あみ皮フ科クリニック )と

先日久々にお会いして、お聞きしたばかりです。(笑)

あれほど重症の患者さんを未だかつて診た事がないし、

(ここで徳子爆笑)

マジで生きているのが不思議なくらいだったけど、

(ここでさらに徳子大爆笑)

それほどの状態なのに、なんか、いつ見てもやけに楽しそうにしてて、

(自分の奇怪な行動ぶりに改めて笑い転げる徳子)

そっちがもっと不思議でしたよー。」(笑) (by 山田先生)

というお話には・・・私も大爆笑でした

うすうす、(世界的に見ても、ワースト・クラスだろうな・・・。)(笑)とは感じてましたが、

なんで生きていられるの?という数値を叩き出しながら、

絶好調系の入院患者(?)って?・・・・・ははは。

いやはや、相当な重症だったようです。(笑)

今更ながら、改めて、優しくて優秀な山田先生、

本当に、お世話になりました。***

 

それにしても、この性分は、

きっと死ぬまで変わらないと思います。

 

もちろん、いやなことは私にだって起こりますよ。

でも、いやなことを乗り越えられる土台があった方が、楽な気がしませんか?

 

何度も言われる言葉は

さらにあなた自身を作り上げてくれるものです

どうせ自身を作るなら、

自分の思い描いた、思い通りのイメージに

作り上げた方がいいに決まっていますよね。

 

人からよく言われる言葉で、自分が出来上がって行くことは、普通に起こり得ます。

では、他人から言われたい言葉を

自分の中にイメージして毎日を生きることで、

思い描いた自分が出来上がっていくということも、アリ、ではないでしょうか?

つまり、言われる言葉で、堅固な土台を作ってみる、という試みです。

でも、他人から言われなくてもいいんです。

自分が思い描いていつも自身に言っていれば。

 

この逆転の発想、おもしろい結果に繋がるかもしれませんよ。

 

ちょっと弱っちいあなただとしたら、

私は強い私は強い私は強い。)

と、自分でイメージして振舞ってみてください。

声に出して、つぶやくんです。

ある日、言葉に影響を受けている自分に気付く時がありますよ。

 

自分に自信のないあなた

自分のことがあまり好きになれないあなたは、

私は輝いている!)と自分に繰り返し言い聞かせながら、

会う人、会う人に大好き~~~!)と心の中でビームを放ってください。

例え嫌いな相手にでも、やってみてください。

意外や意外、

それって、あなたの自信として返ってきますよ。

やってみれば、わかります。

 

離婚して落ち込んでいるなら、

幸せになる為に、離婚したんだから、

ここから先はいいことしか起きない!)

と、自分に言い聞かせて下さい。

きらり~~~んと、

輝くようにふるまってください。

いいですか?何か動作をするたびに、

心の中で、きらり~~~~ん!です。

 

病気をして辛いなら、

いや~~~、いい経験してるわ~。こっから私は強くなるよ~!)

と、経験を生かす覚悟をしてください。

生かす日が来るイメージは、あなたにエネルギーを与えてくれます

 

いじめられてイヤな思いをしてるなら、

ナメられちゃいけないナメられちゃいけない。)

と、自分に言い聞かせてください。

それに見合った行動を取っている自分に気付く日が来ますよ。

 

大切な人が悩み苦しんでいるなら、

相手に寄り添いながらも、まず、あなたがハッピー・オーラを出して、

生き生き輝いてください

一緒に暗くまとめるのがいいと思っている方が多いようですが(笑)、

そうじゃないんです。

まずあなたが幸せになって、相手を引っ張っていくんです。

相手を包むんです。

あなたも不幸だと、そんなことが出来ないんですよ。

 

他人に相談したり、

愚痴を聞いてもらったり、

私たちは、往々にして外に助けを求めることが多いものですが、

周りに助けを求める習慣を変えない限り、

また次の問題が出てきた時に、また他人に頼って・・・・

という、他人主体の、人様にご迷惑をお掛けしながらの (笑) 人生になってしまいます。

時にはそれもありですが、

自分の機嫌くらい自分で取ろうじゃ~ありませんか。

 

もちろん助けてもらうのも、時として必要ですが、

ひとつ問題を解決しても必ずまた次に何か問題が出てくるのが人生です

そのひとつひとつに、いちいち人様の力を借りるのを習慣にしてしまうのは、

ちょっと違うぞぉ~?ということです。

 

意識的に、

自分を鍛えなければいけません

 

あなたを構成している考え方が変わると

人があなたを見る目が少しずつ変わって来て

あなた自身も、自分の好きな自分になれるかもしれません。

自身の構成要素を変えてしまうと、

周囲で起きる現象も変わってくるはずです。

要するに、思い込み。

強い思い込みが大事です。(笑)

 

一度きりのこの人生、

好きなタイプの自分になって謳歌してください。

あなたのなりたいセルフ・イメージはどんな人ですか

 

今の、あなたがあなたとして生きるその人生は、今世一度きりですよ。

あなたのそばにいる大切な家族も、友人も、

この人生だけのお付き合いです。

明日、今日と同じ日がやってくるという保証はひとつもありません

大切な誰かが、突然姿を消してしまうということも、ないとは限らないのです。

 

朝起きて、家族と短い会話を交わし、

仕事に向かい、

同僚と言葉を交わし、

家族のために食事を作り、

小さな喧嘩もし

仲直りして笑い合って・・・

そんなさり気ない繰り返しが、

実は、二度とない奇跡の連続なのです

ありがたい、ありがたい、貴重な日々なんです。

 

もっと自由に、なりたい自分になってください。

人生、楽しまなきゃ、ソンですよ。

 

今日も、素晴らしい一日を!

 

 

 

 


上機嫌を維持する方法


 

ず~~~っと上機嫌でいられたら、

こんないいことはありませんよね。

でも、嫌なこと、困ったことって、誰にでも起こります。

そんな時、どうやって上機嫌に戻したらいいのでしょう

 

出来れば、明るく楽しい気分でいたいのに、

ふと、気が付いた時には、つい、

不愉快だった過去を

頭の中で反復している自分がいる・・・・。

そんなことがありませんか?

 

実はこれが、あなたの人生を難しくしている曲者(くせもの)で、

なんとか排除しなければいけない、悪~~~い癖なんです。

 

人間って、そもそも、不安になる生き物です

これは遺伝子レベルでそうなんです。

だから、ネガティブ(否定的)になるのは、ある意味自然で普通のこと。

努力しなければ勝手に思考はそっちの方に行ってしまうものなんです。

 

太古の昔から、人間は命を繋いできました。

それは、この、人間の不安症があったからなんです。

そのおかげで、今のあなたの命があるのです。

 

どういうことかと言うと、

かつて人間は、寒い季節が来ることを心配し、それに備えて、

(動物の様に毛がぼうぼうに生えてくるわけではないので)、温かい衣類などを用意しました。

心配、という感情があって、備えをしなければ

人間は凍死して命が途絶えていたでしょう

 

狩猟生活をしていた時代には、

食料がなくなることを心配し、

獲物のいるところに移住したり、あるいは、

先の欠乏を憂慮して、

農耕を工夫しながら始めた歴史があります。

 

子供や家族を守るために、

眠っていても、小さな音がすると、獣を恐れて用心しました。

不安に思う気持ちが命を守ってきたのです

 

つまり、心配がなければ、命を繋いでこれなかったのです。

だから、否定的なことや暗いことを考えちゃうのは、ある意味、普通。

自然の成り行きで人間はネガティブになっているのです。

だから、努力なしでは上機嫌になれない・・・

ここまで、まず、ご理解いただけたでしょうか。

 

さあ、この遺伝子レベルで引き継がれた心配性、不安症によるネガティブな感情を、

どうやって克服するか

ここからが、上機嫌のマジックです。

 

『元気が出る徳子の部屋』を読んで下さって、

どん底の気分の時に、

なんとか楽しいことを考えよう、

なんとか感謝を見つけよう、

そう思って気分を上げる努力をされている

読者さんもたくさんおいでです。

なのに、気が付くとまた

ネガティブな感情に引き戻されてしまっている

(ああ、また、イヤな気分・・・・。)

そんな方も多いかもしれません。

どちらかと言うと、それが一般的でしょう。

 

そんな時は、一日、とにかく、

自分の思考ひとつひとつに注意を払ってください

 

(あ、私ったら、またあの憎ったらしい上司のことを考えちゃってる~~~!)

(いかん、いかん!今、あいつに言われた嫌なセリフ思い出してた!)

(ちょっと、私ったら、何を思い出しちゃってるの?

あんなイヤな過去、繰り返し思い出す必要なかったわ!)

(あー、腹立つ、アイツ!でも、ああ言ってやればよかった、

こう言い返せばよかった、って考えたって、

あの時は言えなかったんだから、思い返してもしょうがないじゃん!)

 

・・・・と言う風に、

とにかく、逐一

自分が何を考えているのか

を、意識的に、気にかけてください。

そして、急いで修正してください。

黙っていても、人間の思考は動き続けています。

その、努力しなくても動いている思考に注目するのです。

いちいち、いちいち、どんなことを考えているのか、その内容に気を配り、

修正を繰り返すのです。

 

思考に注目し始めると、

自分がどれだけ否定的なことを繰り返し思い出しているか、

気付く方が多いかもしれません

(あらら・・・・私って、思った以上にネガティブだったわ~。)

と今更ながらに思い知るかもしれません。(笑)

 

この、逐一自分の思考に注目する、という作業をすると、

苦しいのに、無理矢理楽しいことを考える・・・という、

今までのちょっと大変だった努力が、

少しだけ楽になります。

 

どういう風に進めて行くか、というと、

自分が何を考えているのかに気付くたびに、

おおもったいない自分の貴重な命を

こんなことを考える為に費やしてはいられない!)

と、修正を繰り返すのです。

 

いつも言っているのでしつこいようですが、

時間の1分はあなたの命の1分です。

あなたの貴重な命を使って、

あんなに嫌いなアイツのことを、繰り返し思い出す必要がありますか?

イヤだ、イヤだ、と言いながら、そんなに思い出すって、

実は、愛してるんじゃないですか?(笑)

違いますよね?

思い出したくもないアイツ、

そんなヤツの為に、あなたの命を使わないでください

ですから、逐一、修正、修正、修正。

(おっと!いかん、いかん!命の無駄遣いしちゃってた♫)

と、別な思考に持って行ってください。

 

この、自分の思考に注目する習慣をつけると、

イヤなことを考える時間が減って、心が楽になりますよ。

自分の思考を意識することが大事なんです。

その努力をしないと、人間は、どうしても否定的なことを考えてしまう

ぼ~~っとして、楽にしていても、思考は動き続けますから、

先に説明したように、遺伝子レベルのネガティブ思考になっちゃうのが普通

それでは、上機嫌にはなれません

 

思考を意識する

この癖をつけて、あなたの人生を変えちゃってください。

きっと、ひとつひとつ、いい方向に向かっていきますよ。

 

それでも、イヤなことをついつい考えてしまう、と言う方。

その場合は上機嫌になる一歩手前の、秘技 (笑) をお教えしましょう。

もう、考えるのはやめて、自分にだけ注目してみてください。

自分の体の動きを逐一追いかけるのです。

 

(今、右手で箸を持った。人差し指と中指の関節が曲がって、親指と共に箸を支えている。

右の手首が曲がって、今、まさに、お皿の上のおかずに到達しようとしている。

左手は外側から茶碗に向かって動き出した。指の関節が全て動き出した・・・)

 

と、古舘伊知郎さんばりに自分の動きを心の中で実況してみてください

これをすると、他のことは考えられません。

とりあえず、どうしようもなく苦しい時は、こういう大技 (笑) もあります。いや、小技?

上機嫌に持って行く前には、とにかく、苦しい思考を排除しなければいけませんから、

やってみてください。

 

そして、何より大事なのは、あなたの、その、(笑)

暗~~~~い表情で、暗いことを考えて

幸せになりたい・・・・。」

って、誰が考えても無理だと思いませんか?(笑)

 

例え辛くたって、

まず、口角を上げて

目尻を下げて

眉と眉の間を開けるようにしてみてください。

気分が不幸だって、いいんです。

傍から幸せそうに見える表情にしてしまってください。

その表情に、あなたの人生がついてきます。

先に、行動。つまり、先に表情を変えるんです。

そこから新たな人生が動き始めます。

人間って、笑いながら怒れないんです。

カンカンに怒りながら笑顔になれないように。(笑)

楽しい表情で、暗いことって考えられないんです。

自然に、上機嫌になって行きます。

 

上機嫌を維持するための小さな工夫。

今日からちょっとずつ、試してみてください。

いつも笑顔で輝いていた方が、絶対お得ですよ。(笑)

あなた自身が幸せに気付き始めます

それこそが、上機嫌のマジックです。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

P.S.   よろしければ、こちら👇も読んでみてくださいね。心が少し軽くなれるかもしれませんよ。

「よかった!」のすすめ

 

 

 

 

#上機嫌のマジック #上機嫌 #思考 #感情 #遺伝子レベル #不安症 #口角を上げる #古舘伊知郎 #注目 #意識


いいね!


 

Facebookが日本でも随分と広まって、

いいね!って言葉も、普通~に一般的になりました。

英語バージョンだといいね!は、

このブログの上下にもボタンがあるようにLike!」

になります。

どっちも素敵な言葉ですね。

 

時々思うのですが、

日本人は外国人とちょっと違って(全部というわけではありませんが)比較的、

いいね!の基準が厳しい気がします。

これには、日本人の気質と文化がかかわっているかもしれません

 

この頃の100円は重みがありましたね~。誰ですか?懐かしんでるのは?(笑)

例えば、

外国の方は、不良品などについても、

(安物だからしょうがないか・・・。)

と、ゆる~く考えがちな傾向が見られますが、

日本人は

「たとえ100均だからと言って、

不良品は許されないわ!」

と思うのが一般的。

出来れば、許したくないですよね、あなたも、私も。(笑)

100円って言ったって、お金を出して買った商品ですから。ブツブツ・・・・。

 

よい本を読んでも、

「この本はよかった。でも、この本の、

○○○ってところは納得いかないのよね~。」

「全体的にすごい面白いけど、

読み始めは結構お堅い感じで入りにくかったね。」

と、相当よかった本にも100点はあげません

相当、その本で救われたのに、まだ批判をしたりしています。(笑)

つまり、いいね!に至らないのです。

100%自分と同じ考えの本がほしければ、

自分で書くしかないのですが・・・。(笑)

よかったなら、よかった ♪」でいいのでは?と思いますが、

何か批評ポイントを探しがちなのが日本人です

 

それにしても、

なぜなんでしょう

 

例えば、日本人は、子供のころから幼稚園やら学校で、

なにごとも練習練習練習・・・を繰り返します。

「がんばる」って言葉も大好きです。

年に一度の運動会や学芸会・・・

これも、ミスがないように、何度も、何度も、

気の遠くなる練習に明け暮れます。

ほんの数分の出番のために、

1か月も2か月も、がんばって、がんばって、練習します。

観客の前で、恥をかいてはいけない文化なのです。

きちんとしたものを見せなければ、失礼になるという思いが強いのです。

決して国代表としてオリンピックに出るわけでもなく、(笑)

チケットを売りさばいてショーを見せるわけでもないのですが、

10.00(満点)を目指してがんばります

失敗を受け入れがたい国民性なのです。

 

そんな私たちですから、

どちらかというと、ほめる、ということより、

どこがよくなかったのを見つけて

そこを改善していく・・・

そんな教育が私たちにしみついている気がします。

 

親も、子供のいいところを見つけてほめまくる、

という親より、

いけないところ、出来ないところを指摘して

よくなるように一生懸命指導する・・・

そんな育て方をするタイプが圧倒的に多い気がします。

 

だから、誰かのつぶやいた一言に、

いいね!」 って気軽にボタンを押すより

批判部分を見つけて、

「あれはよかったけど、わたしは○○○っていう部分は好きじゃないから。」

・・・と、評価、批判・・・・。

Why Japanese People!!!!!

・・・厚切りジェイソンさんみたく叫びたくなりますが、(笑)

でも、私自身も評論家になってしまいがちな自分の習性

ふと気づいた時には苦笑してしまいます。

 

誰かが友人達に悩み事を言っている時に、

聞いていた一人が、今か今かと口をはさむのを待ちかねて舌なめずりし、

絶妙なタイミングで

「違うわよ~~~、それは~~~!」

と言ってしまうタイプの人がいます。(笑)

友人は友人で、そのことで悩んでいたのだから、

違うのよ~、ではなく、そこで、

うんわかるよ~、それ。」

って言ってあげてもいいのではないかな~、と思うのですが。

意見が自分と違ったとしても、

そうだね~、わかるよ~、それ。・・・でもね私はこう考えるの。・・・」

と、ワンクッション入れてから意見を言うだけで、会話が全然違ってくるのに、

真っ向から否定。(笑)

・・・日本人って、やりがちです。

自分と全く同じ意見の人なんていないのですから、

あなたの考え方は理解できたよ。”

という意味で、

だよね~、わかるよ~、それ。」

と、まずいいね!」をあげてから、

相手と違う自分の意見を言えばいい

それだけで会話の質は数段違ってくるはずです。

真っ向から否定された人は、通常、

もうその相手と深い会話はしたくないと思うでしょう。

 

そして、この感覚が、日本人の

いいね!」と外国人の

Like!」の違いの気がします。

つまり、外国人は、自分と全く意見が違っても

Like!」のボタンを

日本人よりは気軽に押す気がします。

あなたはそういう考えなんだね。」

そういう考えもいいね。(私とは違うけど。)」

これが、外国人の「Like!」の感覚の気がします。

 

私自身、このブログで偉そうに色々なことを言っちゃってますが、

それでも、ある方々は

「そっか~~~!それはいい!私もそういうふうにやってみよう!」

と、納得してくれます。

でも、時には、

「それは違うと思う。私はそうは思わない。」

という考えの方もいらっしゃるでしょう。

「いや、いいんじゃないんですか?

あなたはあなたの考えで。それもまた素敵な考え方ですよ

ただ、私は、こう思っているから、こう発言してみてるだけです。」

・・・と、私はそういうスタンスでどなたの考えも受け止めます。

同意するかどうかは、別問題です

 

あなたの言っていることが

理解できた、という意味の

わかるよ~。」

は、会話の緩衝材になります。

今流行りの、間髪入れずに言う

ですよね~~~~!」でもいいかもしれません。(笑)

 

「僕は、こういう治療をやったらこの病気がよくなったんだ。」

と話してくれている方がいるとして、そう言っている最中に、

「俺はそれはいいと思わない。俺は、○○○だから、そういうのは出来ない。」

といちいち報告しなくても、(笑)

「そうなんだ~。それもいいね~。

どっちがいいかは別として、俺は○○○みたくやってるの。」

と、相手にいいね!」をあげてから

自分の考えを言ってみる、という発言の仕方の方がずっと魅力的です

それは、決して相手の考え方に同意した、という意味ではありません

そういう考え方もあるんだ、と、

相手には相手の考え方があることを尊重しただけです

 

相手が、何か重要な国際会議で国を代表して発表する、とかなら、

間違いは正してあげた方が親切です。(笑)

「もしかして、それ、違うかもよ?」と、知らせてあげましょう。

でも、ただの世間話

ただの日常会話なら、

自分の知っていることと違っていることを相手が言ったとしても、

「へぇ~~~、そうなんだ~~~~。」

と、相手にいいね!」をあげる会話の仕方で十分な気がします。

いや、実は、十分なんです。(笑)

普段の会話で、わざわざ「自分の意見は違う」と宣言するのは

その場の空気を乱しているだけかもしれません。

ですから、後で他のところに行った時に、

普通にその人と違う自分の意見を、今まで通りに言っていればいいだけなのです。

 

他人の話の腰を折らないことです。だって、ただの世間話なんです。

ぶっきらぼうに相手を否定しても、

嫌われるだけですから。(笑)

 

ちょっとしたことでも、相手にいいね!」をあげる心の余裕・・・

それだけで、人間関係が格段にスムーズになってくる気がします。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

 

 


徳子“さん” に、感謝・・・?


 

いきなり、「は~い~~~???」というタイトルで失礼します。(笑)

でも、読んでやってくださいな。

ちょっとした気付きが芽生えるきっかけになるかもしれません。

 

私、生まれた時から、ずっと、

この自分という体一本でやってきました。

(誰でも、そうですね。)(笑)

「よく頑張ってくれてるな~!」

と、たまにしみじみ思います。

 

これまでの人生、色々なことを体験してきました。

うれしい、楽しい、ありがたい、

そんなプラスの経験もたくさんありましたが、

もちろんそればかりではなく、

悲しいことも、

苦しいことも、

辛いことも、

残念なことも、

痛いことも、

傷つくことも、

泣きたいことも、

・・・・色々な苦難もありました。

それでも、なんとかそれらを通り過ぎて、ここまで来ました

解決していようといまいと、とにかく通過はしました

心(内側)は苦悩していたとしても、この体は道を歩き続けてきたのです

よく考えたら、私のこの体って、

そんな幾多の苦難にもめげず、

(ものすごいがんばってくれてるな~・・・・・・。)

と、つくづく思います。

 

また、全身の重症皮膚炎なんかを経験して、

ベッドに横たわったきり、

動くこともほとんど出来ないような体験をすると、

特に、

自分の体の中に心か魂か、

何か目に見えないそういうものがあって、

体という別の物体が、

自分の力で、

治ろう

治ろう

治ろう

・・・・そういう意志をもって、

がんばってくれているな~・・・・

というのをしみじみ感じます。

 

体ってほんとにがんばっているんだ・・・・!!!!

 

例え劣化 (笑) は進んでも、

病気になったとしても、

心が折れても、

最後の瞬間まで

この体は

私だけの為に、がんばってくれる・・・!

スゴイ存在です。

 

自分の内側で、心がずたずたになることがあったり、

へこたれていたとしても

この体は、普通に

呼吸をし、

心臓は脈打ち、

血液が体の隅から隅まで駆け巡り、

栄養を行き渡らせ、

異常の起きた部分を自力で修復しようと、大工事まで請け負ってくれる・・・。

 

脈々と

脈々と

休むことなく

働き続けていてくれる、

休むことなく

中にある “私” という存在を

支えてくれている体・・・・。

 

ずっとずっと、うん十年もの間、

心がぐちゃぐちゃと不平不満を言った時ですら、

文句も言わずにがんばってくれている

この体・・・。

そう思ったら、

なんだか、“徳子” という役割をやっている

この体がいとおしくなりました

偉いな、私の体。

そうしみじみ思いました。

 

こんながんばっている体を、

そして、生まれてから死ぬまで

自分の心を優しく包んで守ってくれるであろう体を、

雑には扱えないな・・・と再認識しました。

 

ある著名な方が、

体って言うのは、神社のお社みたいなもので、

その中に一人一人の輝いている魂があるんだよ。

一人一人が神さまなんだよ。」

とおっしゃっていたのが、すっと腑に落ちました。

大切にしなければいけないのです。

 

そんなわけで、

(ここまで頑張り続けてくれている自分の体を、

呼び捨てなんて出来ない!)(笑)

と、ふと思い、

今日から自分自分の体のことは、

感謝を込めて、

徳子さん

と、さん付けで呼んで (笑)、常に感謝して生きて行こう!

と決めました。

とある神社を、お稲荷さんと親しみを込めて呼ぶのに似ています

“さん” をつけただけで、なんだかありがたみが増します。

だから今日は、徳子さんに感謝” (笑) なのです。

(誰ですか?徳子が  “私に感謝しなさい。私が神です。”

みたいな世界に入ってしまったのか?と思って読み始めたのは?

私はみなさんに高価な壺や印鑑を売ったりしませんよ~。)(笑)

 

みなさんも、

現在、色々な辛い状況に囲まれておいでかもしれません。

心がズタズタになっている方もいらっしゃるでしょう。

でも、

どんなにあなたの内側がボロボロになっても、

体さん(笑)は逃げることも休むことも許されません。

あなたのために、ひたすらがんばって、

あなたを動かしてくれています。

生かしてくれています。

 

つまり、

少なくとも、最低限、一個の感謝があなた自身にはあるのです。

 

辛い時、

切ない時、

周囲に感謝することが何一つ見つけられない時、

自分自身の心に感謝が見い出せない時、

どうか、胸にそっと手を当てて言ってみてください

「ありがとう、XXさん。今日も、よくがんばってくれたね。」

(XXは自分の名前ですよ。)

自分の体に敬意を込めて、さん付けをして呼び掛けてあげてください。

 

脈々と打つ心臓の動きを感じながら、

体の神秘に感謝

体のがんばりに感謝

 

ひとつ、幸せを見つけられましたよね。

 

今日も素晴らしい一日を!

 

 

徳子さん (笑) より

 

 


向上心のマジック


 

日本人は、

がんばれ!」とか、

向上心を持て!」とか、

根性!」とか、

負けてたまるか!」的な、

けっこうふんばっちゃう系の言葉が大好きです。

まあ、上の3つの言葉も、聞くだけで

鼻の穴からブシュ~~~~~ッって

勢いよく息を吐いていそうなイメージですよね。  

 

テレビでアツいおじさんが

「気合いだ!気合いだ!気合いだ~っ!」と連呼すれば、

いかにも日本人的なその前向きすぎる姿勢に、

私たち自身も思わず苦笑してしまいます。  

 

ものごとがうまくいかないのは、がんばりが足りないから。

途中であきらめるのは、根性がないから。

成功しないのは、向上心を強く持たないから・・・。 

私たちはそうやって言われながら育ちました。

がっつり向上心を持って勝ち抜いていく、勢いのある人が高く評価される国です。

 

しかし、昔の日本人は、そもそも、

他者を蹴落としても 上にあがったり、勝ち進んでいく

・・・・という民族ではなかったようです。

日本では、昔は寺子屋というのがあって、

寺の周りで遊ぶ子供たちに、

将来、生活に困らないように

読み書きソロバンなどを教えました。

当時の日本の識字率は、

外国と比較しても相当高かったようです。

これは、商工業の発展に伴い、

実生活に即した学問の必要性に答えた教育であったため、

そこに、競争という概念はありませんでした

生活を安泰にいとなむための手段として勉強を教わったので、

決して成績をつけませんでしたし、

順位をつけて優劣を争うようなこともありませんでした

なんだか、思い描くだけでも、のどかさが伝わってきますね。

本来の日本人の平和な国民性がそこに存在する気がします。 

 

ところが、そんな平和な時代は今や絵空事となり、

江戸時代以降

西洋の教育が日本に入ってきてからは特に、

他者と比較をして、

「他人より上に」

「他人に勝って」

と、常に競争するのが当たり前のようになってしまい、

こういったふんばり人間 を高評価する思想が

完全に日本に定着してしまったようです。

 

そんなわけで、現代の日本人は、 なんでもかんでも他人と比較、そして競争

勝ってなんぼ、 遅れを取る人は負け犬扱い。

がんばるのが当たり前がんばらないやつぁダメダメ人間

そんな躍起になって競い合う風潮が、いつの間にか出来上がってしまいました。

 

とにかく、がんばれ、 あきらめるな、

何が何でも食らいつけ・・・・(笑)  

日本人の向上熱は、部活などの小さな社会の中でも、

たった1歳年上の先輩に、

しもべの様に仕える上下関係にも反映し(笑)、

がんばらなければ

常に向上を目指さなければ

なんだか“人として終わっている” ように思い込まされ、

言われ続ける・・・・

そんな忙しい社会で私たちは育ってきた気がします。  

 

しかし、がんばり過ぎは時としてストレスとなり病気を生み出すことがあります。

例えば、日本人の2~3人に一人の割合で発症すると言われているガンの原因は、

怒りっぽいこと” と “がんばりすぎ

という説が根強くあります。

競争社会の中で生まれ育ち、

思い通りにいかないこと、

成功に持ち込めないこと・・・

そこに自己否定の根源があり、

それがストレス怒りを生みます。

また、真面目な性格であればあるほど、

なんでも、思い通りに成功に持ち込めない自分を責め、

がんばり過ぎてしまいがちです。  

 

偏見に満ちた言い方ですが、

周囲でガンになった方をよ~~~く思い起こしてみると、

真面目でがんばり屋さんの方が多くありませんか?

データで出せる内容ではないので、証明できませんが、

免疫学などでも指摘されているこの内面的な部分は、私は個人的に注目しています。

真摯に生きて来られたのに、病に伏されるのは残念過ぎますよね。

また、怒りっぽい方が多いのもよく知られています。

がんばれば全て思い通りに行くなら怒りの原因も少しは減るのでしょうが、

これまたいかんともしがたいことです。

(全員がそうだという意味ではありませんので、誤解のないようにお願いしますね。)

 

向上心を持って

がんばらなければいけない環境

囲まれているのに、

結果がついてこない・・・

 

そのギャップにイライラしたり、ストレスを感じたりすると、

あなたの体は硬くこわばり、自律神経は交感神経の方になびきます。

だら~~んとして怒ったりがんばったり・・・って出来ないですから、(笑)

どこかに力が入ってしまうのです

その結果、体が白血球の中に顆粒球をたくさん作り

その顆粒球は、仕事を終える時にたくさんの活性酸素を作ってしまいます

(顆粒球とは、本来、怪我をした時などに、その傷の修復のために働く物です)

そして、それがガン細胞となることが多々あるようです。

 

わかりやすいので、ガンを例にあげていますが、

顆粒球は強烈な酸化力で組織破壊をもたらすものなので、

胃潰瘍十二指腸潰瘍糖尿病などの他、

老廃物の排泄がうまくできないことにもなります。

聞くからにいろんなことによくなさそうですよね。

体に力が入ると、血管の収縮から血流も悪くなります。

そこから生じる病気も、枚挙にいとまがありません。

なんだかお肌にも悪そうですね。

 

要するに、力の入り過ぎる生き方では

体も心も疲弊してしまうようです

プラスを目指したはずが、

マイナスに進んでしまっていることにもなりかねません。  

 

一見、素晴らしい言葉、向上心

しかし、その言葉の裏には、マジックが隠されている気がします。

 

人間に生まれたからには

常に向上心を持って生きて行かねば。”

 

・・・ そう言えば、とっても美談ちっくだし、

尊敬に値する考え方のように聞こえます。

確かに、素晴らしい心がけなのですが、

何事にも一長一短があるように、

その言葉自体が、実は

自分に対する不足感、否定感をもしっかり含んでいるのです。  

 

このままではダメだ。」

もっと~~~~しないと。」

なんとかしなければ。」

 

向上心の裏には

往々にして苦しみが隠れています

 

心と体の健康のためにも、

向上心を持ってバリバリ行けないからといって、

あまり自己を否定しないでください。

自分をダメダメ人間だなんて思わなくていいのですよ。

そのままでも実はあなたは

十分に日々学びながら生きているのです

何も学んでいない人、向上していない人なんて、実はいないのですよ。

なぜなら、例えば、何もやらない人はやらない人で

やらないとどうなるのかを学んでいるのです。

だから、全て、OKなんです。

 

他者も否定しない

自分のことも、否定しない

そんな生き方が出来たら、

とっても楽な気がします。

みんな学んで生きているのだから、

すでに十分立派なのです

ですから、向上心もそこそこに・・・

何事もがんばり過ぎずにやっていくのも、今どきの新しい生き方の気がします。

 

「歯を食いしばれ!」とは言いません。

他人にも、自分自身にも。

あなたも、私も、それなりにがんばっているのですから。

 

そのままのあなたでいいんですよ

 

向上心はちょっと横に置いといて~、

ほんの少しだけゆる~~~く我がままに生きていくのも

心と体によいことなのではないかな~・・・と考える私です。  

 

今日も素晴らしい一日を!

 

スペイン・コルドバ歴史地区(世界遺産)メスキータ