インドに行って、人生観が変わりました! - インド紀行・その4(最終章・気付くことのすすめ)India #4


 

お待たせいたしました。

徳子・インド紀行<<最終章>>では、

「インドに行くと、ホントに人生観が変わるのぉ?」

という疑問にお応えすべく、

その観点で、私が見たこと、聞いたこと、インドから学んだあれこれ

・・・を話していきたいと思います。

この最終章を読んでほしくて、

ここまで書いてきたと言っても過言ではありません。

 

徳子インド紀行その1その2その3を、まだ読んでいない方は、

そちらも、是非。☟

 ★ 徳子 インド紀行その1

            インドに行って、人生観を変えてみませんか? - インド紀行・その1

 ★ 徳子 インド紀行その2(食べ物・生活編)

   インドに行って、人生観を変えてみませんか? - インド紀行・その2(食べ物・生活編)

 ★ 徳子 インド紀行その3(観光地編)

   インドに行って、人生観を変えてみませんか? - インド紀行・その3(観光地編)

 

インドは、かなりの偏見を持って旅立ったものの、

今では心から行ってよかったと思っていますし、

旅の多い私の人生の中でも、印象に残る部門” で、ぶっちぎり第1位です。

行かなければ感じ取れない現実と、そこからの学びが必ずあります。

旅を考えている皆さんにも、死ぬまでには (笑) 是非!

一度は行って戴きたいところだと思っています。

 

まず、あちらで聞いた面白いお話から。

一つ目は、ヒンズー教の神々のうち、人気のあの神さまのお話です。

 

ヒンズー教には神様がたくさんいて、特に三大神のうち、

創造と破壊の神シヴァ神の息子、

ガネーシャ一番人気

体が人間、頭が象の一見可愛らしい神で、

インドに行けば

あちこちで見かけることがあると思います。

なぜ頭が象かというと・・・

 

ある日。

三大神の一人、シヴァ神の妻が、

自分の垢からこのガネーシャという息子を作ったのですが、

帰宅したシヴァ神は、

青年・ガネーシャを妻の浮気相手と間違えて

怒り狂い、

ガネーシャの首を切って捨ててしまうのです。(怖い~~~。)

 

妻は烈火のごとく怒ります。息子を夫に殺されたのですから。

シヴァ神は、怒った妻をなだめる為、

ちょうどそこを通りがかった象の首を切り、

息子のガネーシャの体にくっつけた・・・・

そんな有名~な残酷ストーリーがあるんです。

「それで、いいんですか~?」

という、笑うに笑えない話しですが、

インドでは人気の可愛い神さまなんですよ。

ちなみに、その父のシヴァ神が乗っているのが

だからインドでは牛を崇めます

 

まあ、この話はこの先の話にスムースに入るための前振りで、

ここからが私の体験談です。

 

今年、中東のドバイを旅行した時、

たまたま立ち寄ったインドの店で、新たに聞いた驚きの話しがあります。

(ドバイは90%が外国人労働者で成り立っていて、インド人がたくさんいます。)

 

私がインドに行ったことがある、ということから話が盛り上がり、

店員さん達と話し込んだことがありました。

インド紀行第3章でお話しましたが、

タージ・マハルには皇帝と妃の

愛のストーリーがあります。

「タージ・マハルってホント、美しいですよねー。

なんたって、妻への愛であんなすごいものを作ったなんて、

素敵です~。」

と、私が言うと、インドの店員さんたちが言いました。

 

「でも、この話を知ってる?

タージ・マハルの設計をした人が、その後どうなったか、聞いた?」

 

Taj Mahal at Agra, India タージ・マハール

 

タージ・マハルは、皇帝シャー・ジャハーンが亡くなった愛する妻を思って

巨万の富をつぎ込み、全精力をかけて作らせた。

しかし、最愛の妻を思って作らせた最高傑作なだけに、

それを超えるものがこの先世に出て来ては困る。

故に、今後永久に、タージ・マハル以上の作品を作らせないために、

その技術と設計方法を封印した・・・・。

 

「完成後、シャー・ジャハーンは、設計者の両腕を切断したんだよ。

そもそも、最初からその約束で作らせたんだよ。」

 

・・・・恐ろしすぎる話しです

 

素晴らしい、卓越した技術を持った人が、

皇帝から命じられたこの仕事を完成させた暁には、

生涯、もうその技を生かすことが出来ない・・・・。

・・・刻一刻と迫る完成の日。

作者はどれほど苦しんだでしょう。

自分の両手を見つめ、あがなう事の出来ない苦しみに、声を上げて泣いたことでしょう。

タージ・マハルは、作者にとっても、生涯を賭けた “渾身の作” だったのです。

 

「もちろん、その代わりに、彼は

一生困らないような莫大な財産と、召使いなどを与えられたんだけどね。

それでも、ひどい話しだろ?」

 

当時、技術者が

どの程度の身分に属していたのかは知りませんが、

芸術家にとっては、巨万の富よりも、

さらに、さらに、と、

人々を感動させる仕事を続ける方が

どれだけ幸せだったでしょう

 

胸が締め付けられる話しですが、深く考えさせられました。

インドだけでなく、世界では、

上に従わなければ殺されたりするような時代がありました。

理不尽な殺され方すら、まかり通る時代があったのです。

 

理不尽なことは、現在の世の中でも溢れてはいますが、

命に関しての理不尽は、

受け入れがたいものです。

また、愛する人と結婚することが出来ない時代もありました。

言いたいことを言えない時代も然り。

あるいは、行きたくなくても、反論することも許されないまま、

戦争に借り出された時代もありました。

 

選択の自由のない時代があったのです

 

「イヤなことがあっても、笑顔でがんばろう。」

なんていうレベルのなぐさめで語れる話しではありません。

そう思うと、現代の私たちは

人生を楽しむための

一通りの教育も受けていますから、

職業も選べるし、

辞めることも

転職することも出来ます

辞めるなら100叩き、とか、そんな処罰はもはやありません。(笑)

あの 豊臣秀吉ですら、幼い頃、貧困から自ら身を売り、

丁稚奉公(でっちぼうこう)以下の、土捏ねの奴隷(やっこ)になったものの、

牛馬に成り下がったどころではない辛すぎる労働から足を洗うためには、

道行く人100人に、気を失うほどムチ打たれる・・・という

恐ろしい見せしめの刑を受けなければならなかったそうです。

彼は選択の自由を手に入れるために、その苦痛に耐え抜いたのです。

しかし、その後には、また、しばらく貧困という苦難を乗り越えなければなりませんでした。

 

歴史の中で、人間は、殺し合っている時代がありました。

たしかに、今も一部、殺し合いは終わっていませんが、

人が人を食べる時代は終わり、

弱肉強食の殺し合いも終わり、

さらに、刀などで殺し合った時代は過ぎ、

世界が巻き込まれた戦争で、

多くの尊い命が失われたことも過去のことです。

大きく見ると

歴史は常にいい方向に向かっているのです。

少なくとも私たちは、

「いつ殺されるかわからない。」

なんて思いは、抱かなくて済んでいます。

エアコンもストーブもあって、現在では、誰もが昔の大名より快適な生活をしています。

私たちはなんと素晴らしい時代に生まれたのでしょう

 

 

先のインド紀行でも一部お話したように、

インドでは、貧富の差をいやというほど見てきました。

幼い子も働いている環境があります。

物を売るだけでなく、

売るものがなければ、必死に芸をしてでも、お金を得なければなりません

体の不自由な方ですら、物乞いをしなければならない。

あるいは、横たわることしか出来ない状態の方が、

その寝床にタイヤをつけたカートのような状態のものを、かろうじて腕でこぎ、

地を這うようにして、物乞いをしているのにも遭遇しました・・・・。

貧困を様々な形で目の当たりにしました

一般的日本人には、想像を絶する貧困です。

ましてや現代の日本の子供たちには、考えもつかない姿でしょう。

現場には出会っていなくても、

まだまだ騙されての人身売買もあることが知られています。

日本の戦時中以下の、劣悪な環境が残っているのです。

 

インドでは、カースト制度による根付いた身分差別は、

多分、いまもくすぶったままなのではないかと思います。

長い間、カースト制度が施行されていた頃、

一番下の身分の人は、一番人がいやがるような仕事に就かねばならない上、

その子も、その孫も、代々、同じ職業を継がなければなりません

どんなに努力しても、

どんなに善行を行っても、

どんなに実力があっても、

人々から最低とさげすまれる仕事にしか就けませんでした。

(職業に貴賤はありませんが、そういう意識が低い時代の話しです。)

どんなに我が子が可愛くても

その辛い仕事を継がせるしかなかったのです。

我が子にいい未来が開けるように導いてあげたくても

子供にまで自分がどん底だと思っている生活を味合わさせるしかなかったのです。

 

生まれ変わりを信じるインドでは、

こういった身分に生まれてくることを、

前世でのカルマだと信じてきたようです。

前世でよくない行いをしたから、

あの家族が苦しんでいるのは、仕方のないことだ、と。

そういった他者の目線も辛いことです。

 

インドでIT 企業が世界でトップクラスに盛んになっていることも、

IT 関連の仕事に就く人、学ぶ人が多いことも、

このカーストの影響だと言われています。

なぜなら、昔はIT企業などありませんでしたから、

なかったものに関しては職業選択は自由度が高いようなのです。

 

子どもに期待をかけることの出来る

日本の親たちは、

なんと恵まれているのでしょう

 

子どもが勉強しない、

スィミングをがんばらない、

言うことを聞かない、

ゲームばかりしている・・・。

 

不満や不安は尽きません。

しかし、育児が思うように行かなかったとしても、

希望を持つことが出来、

期待して夢見ることが出来るだけでも、

実は幸せなのです

期待しているから、親は叱ってしまうのでしょうしね。

子どもが生まれた時には、五体満足に生まれただけで

あれほど喜んだのに、

ついつい欲が後を絶ちません。

日本の子供たちは、教育を受けさせてもらい、この先道を選べるのですから、

健康で生きているだけで、本当は、

感謝しなければいけないのです

 

 

また、旅行中、ある時には、別な形でひどい貧困を見ました。

Image

観光地の帰りに、駅までメインストリートを右にしながら

歩道を歩いていた時のことです。

観光地のそばですから、

道路は車がひっきりなしに走っています。

歩道の左手は草むらと、その奥は林の様な立地でしたが、

どこからともなく、なんともひどい糞尿の臭いがしてきたのです。

とくに建物もなかったのですが、

ただ、進行方向の草むらに

ゴミか何かを積み重ねたようなものがあり、

そこから臭ってくるように思われました。

しかし、そこに近づくにつれわかってきたのは、

それが路上生活者の家だということ。

 

目の前をを通った時には、その臭いは最高潮になり、

息を止めずにはいられませんでした

覗くつもりはなくても、視界に入ってしまいます。

歩道ギリギリに、間口3mくらい、奥行き1.5mくらい、

高さも1m少々くらいの居住空間で、

板やらなんやらガラクタを重ね合わせて、

若い両親と1~2才くらいの子の3人が暮らしていました。

 

七輪のようなものを置いて、フライパン一つで何か調理中でしたが、

周囲全体が糞尿の臭いですから、多分、トイレもその周辺で済ませているのでしょう。

劣悪な環境です。

住まいの中に、ぐちゃぐちゃに色々な物を置いてある様子でしたが、

とにかく、どん底の貧しさのようでした。

福祉は全く行き届いていないのがわかりました

観光地の近くに住まいを置いているのも、

裕福な観光客の目に触れるからなのでしょう。

あの幼い子は、この先、あの世界から抜け出す道を見つけられるのだろうか・・・・。

胸が苦しくなりました。

施しが絶対に必要なのは見て取れました。

 

また、旅を続けている間、私はひとつ、

不自然なことに気付いていました。

たまたま一緒の友達がインド生まれだった為、

ツアーなどでは立ち寄り得ないところに

行くことが出来たからかもしれませんが、

毎日動き回っているうちに、

途中からおかしなことに気付き始めたのです・・・。

 

ある観光地で、土産物をしつこく売り込む売り子さん達に混じって、

一人のサリーを着た若い女性がこちらに向かってきました。

だいぶ離れていた時から視界に入って気付いていましたが、

彼女には両腕が・・・肘からすぐ下がないのです

半袖の彼女は、ニヤニヤ笑いながら、私たちにすり寄って来て言いました。

 

HeyLook at me!!!  Look at me!!!”

 

帰路を急いでいた私たちの、進行方向をふさぐように、付いてきます。

「ねえ、私を見て!私を見なさいよ!

私には両腕がないのよ!見えるでしょ?見てよ!

私を見て!ほら、両腕ともないのよ!どう?ないの、両腕がないの!

お金ちょうだい!お金!お金がいるの!

ねえ、私を見てって言ってるでしょ!

私を見て!お金をちょうだい!!!!」

 

貧困と不自由とで、彼女は心もすさんでいるのがみてとれました。

そういう姿を見、そういう思いを聞くのは本当に苦しいことです。

働くことも難しいことでしょう。

健常者には想像を絶する不自由さがあるのは誰しもわかることです。

 

その女性と別れてから、私はインド出身の友人に勇気を持って聞きました

おかしいな、と思い続けていたこと

どうも、これは、ただごとではないと気付き始めていたこと

 

それは・・・・

 

インドに到着してから、その日でもう5~6日過ぎていたのですが、

毎日、必ず、

手や脚を失った方たちと複数回出会うのです。

 

体の不自由な方をクローズアップして、

ここであれこれ言いたいわけではありません。

日本では障害を持った方々が、健常者と交流を持つ機会もあまりありませんし、

そういった方々への支援も、まだまだ相当不十分です。

それだけに、健常者のように自由に外出したりは難しいことがあるでしょう。

なかなか知り合うきっかけもありません。

 

それでも、日本で、ちょっと新宿まで出かけて、

手や脚を失った方と

一日に10人以上もすれ違ったりするでしょうか?

インドでは、両手、あるいは、両脚を失っている方々も、

ちょくちょく見かけるのです。

 

多くが、見ただけで相当な貧困層なのはわかりますし、

施しを求めてきます。

確かに、インド人口が13億人と、日本と比べても莫大な数ですが、

それでも、これほどまでに手や脚を失う怪我が多いのは、どういうことなのか・・・

日本と比較したら、あり得ない頻度での遭遇です。

機械化や、近代化が遅れて、危険な仕事が多いのか

しかし、若い女性にもそういう怪我が多いのは、おかしい・・・

インドでは店舗ですら労働者は男性の方が多いのに、

男性の比率の多そうな、

(体の一部を失うこともあるほどの)危険な肉体労働などに

若い女性などが、そこまで進出しているのだろうか・・・・

色々、自分の中でくすぶっていた疑問です。

でも、もう、聞かずにはいられませんでした。

 

すごく聞き辛い質問なんだけど・・・。」

 

私は、インドに来てから、手脚を失っている人に、あまりにたくさん出会ったこと

それほど危険な仕事をやらされている社会環境があるのか、

思っていた疑問を投げかけました。

 

友人の答えは驚愕の内容でした

 

「これは、私も実際の知り合いがいるわけではないけれど・・・。」

そう切り出した彼女は言いました。

「インドでは、貧困層の両親が、子供が赤ん坊のうちに

手や脚を切ってしまうことがあるらしいの・・・。」

 

え???????

 

「社会福祉が進んでいないから、貧困層は、食べることも出来ないのよ。

体が不自由な人が家族にいると、国から手当てが出るの。

片腕がないよりも、両腕がないと手当てがもっと上がるの。それだけ不自由だから。

その子一人のおかげで家族全員が食べていけるようになるのよ・・・。」

とても切なそうに、悲しそうに、心の優しい友人は告白してくれました。

 

胸が張り裂けそうでした

 

同じ地球に生まれ、同じ時代に生まれ、

しかし、地球のどこかでは

これほどの壮絶な貧困にあえいでいる人達がいるのです。

生きて行くために、心も捨ててしまうしか道がない人達がいるのです。

 

この話が事実ではない、作り話でしょう?と言われても、

もちろんなんのデータもありません。

しかし、友人はとても心優しく、真面目で、努力を重ねてきた聡明な女性です。

ふざけてこういったことを言うことはあり得ません。

彼女にとっても、辛い現実なのです。

 

考えさせられました。

考えて、考えて、考えました。

何が出来るわけでもありませんが、考えました

なぜ、今ここで、私はそういう人々と、そして、こういう現実と

出会ってしまったのだろう・・・・。

 

今日のトピックは、『元気が出る徳子の部屋』の

元気ポリシーに沿っていないかもしれない、

とても悲しい現実のレポートです

しかし、これを聞いて、どうか、

落ち込む材料にしないでいただきたいのです

あなたが暗くなるために、こんな話をしているのではありません

ここから、一緒に、前に進んでいただきたくて上げているトピックです。

 

また、あなたに優しいインド人の友人がいたとしても、

「こんな話を聞いたけど、ホントなの?」

などという、苦しい現実を突きつけないでください

彼にも、彼女にも、すぐにコントロールできない苦しい問題なのです。

 

私は、皆さんにも気付いて戴きたいことがあって、

敢えてこんな苦しいトピックを上げました。

100歩譲って、これがインド全体に知れ渡る庶民のデマだとしても、

こういった話に出会ったと言う事には、意味があるのです

 

たとえ、私たちが今すぐに、そういった人達の救済に動き始めたとしても、

それは微々たる力で、明日にも状況が動く物ではありません

引き潮の海に、バケツで水をまいた程度でしょう。

 

しかし、1つだけ出来ることがあるのです

 

それは、

気付くことです。

 

つまり、

今の自分は、感謝が足りないということに、気付くチャンスを与えて戴いているのです

 

学校に行きたくない子もいるでしょうが、

とりあえず日本にいる私たちは、

教育を平等に受けるチャンスをもらっています。

また、食べ物もなく、やせ細って餓死するような環境にある方は

ほとんどいらっしゃらないでしょう。

さらに、ほんの一部を除いて、私たちは、

屋根のある家で、布団にくるまり、

襲われることにビクビクせずに

平和に眠ることが出来ます

路上で眠る経験など、したことがないでしょう。

日本に住む私たちは、実は、

そこかしこに感謝すべきことがあり

ありがたいことに囲まれているのです

 

あなたの反抗期の子どもが、今日、暴れて、

家じゅうを荒らしたかもしれません。

でも、いつか時がくれば、彼らは気づくのです。

あと何年かすれば、あなたの白髪を抜いてくれるような子に育っているかもしれません。

今、健康で、命あってそこにいてくれることが、

どれだけありがたいことなのか、

私たちは気付かなければいけないのです。

子どもと喧嘩しながら、叱りながら、自分も成長する自由を戴いているのです。

 

職場の上司にとんでもないことを言われたり、

同僚にいやがらせをされている方もいるかもしれません。

それは本当に理不尽で辛いことです。

でも、働く場所があって、あなたは命の糧を得ることが出来ているのです。

どれほどありがたいことでしょう。

辞めたければ、辞める自由もあります。刑罰はありません

覚悟さえきめれば、次の仕事も必ず見つけられます

 

病気がなかなかよくならず、苦しい日々を送っておいでの方がいるかもしれません。

でも、今日も、あなたには、横たわる衛生的なベッドがあり、

屋根のあるところで、危険に身をさらされることなく、一日を終われるのです。

病気なのに、雨に打たれるような惨めな思いはないでしょう。

入院でもされているなら、なおさらラッキーです。

それほど具合の悪い時に、医療のサポートを受けられるのですから。

なんてありがたいことでしょう

感謝は、どんな状況でも見つけ出すことが出来ます。

気付くか、気付かないかの違いだけです

 

今日食べたお米も、

田植えすらしたことがないのに、食べています。

釣りに行ったこともないけれど、が食べられます。

アジフライなんか、骨まで抜いて、売っています。(笑)

は作ったことがないけれど、車でどこにでも行けます

学校も建てたことがないけれど、通って卒業出来ました

自分だけで出来たことなんて、何もないのです。

なのに、私たちは誰にも感謝していないことが多いのです。

 

に、今朝も毒づかれた方がいるかもしれません。

昨夜、と大喧嘩して、まだムカムカして

何かに八つ当たりしたい気分の方もいるかもしれません。

でも、それらは、どこかにまだ解決の糸口があるものです

それは、今夜の食卓での話し合いかもしれませんし、

ちょっとした子供の一言が、情勢を変えることもあるかもしれません。

あるいは、不仲の原因は、

相手に対する感謝に気付くための、試練なのかもしれません

いずれにせよ、

選択の自由による決断も、最後の一手として、まだ残っています。

私たちには、状況を変えられる力があるのです

感謝を見つけるべき環境にあるのです。

 

しかし、選択の自由すらない

どん底を生き抜くしかない人々が、

生涯、這い上がる道すら見つけられないかもしれない人々が、

今、この地球のどこかで、

貧困にあえいでいるのです。

彼らには、自身の力でその現状を変えることが出来ないのです。

 

私たちは、

選択の自由、というものを持っています。

まだ、余地はあるのです

そのありがたさに気付かず、

私たちは日ごろ、不平、不満、愚痴、泣き言を言ってしまいがちです。

 

気付かなければいけないのです

そこかしこに幸せがころがっていることに。

 

これほど近代化が進んでも、まだ地球には、未開の地で原住民のまま

生活をしている人々もいます。

それらを、私たちは報道などで知る機会があります。

貧しい国々の現状も、少しは伝わってきて、知っています。

しかし、それにしても、

同じ時代に、なぜ、そのような人達がいて、格差があるのでしょう?

 

それは、気付きなさい。」と言われているのだと思うのです。

恵まれた環境に囲まれていながら、

マイナス・ポイントばかりを数えがちな私たちに

そこいらじゅうに 感謝 があることに気付きなさい、と、

大いなる何かが、教えてくれているとしか思えないのです。

 

私たちそれぞれ一人の力では、現状をすぐに変えることは出来ません。

それでも、

自分に与えられたものに

今ある物に

感謝することは、すぐに出来ます

それを求められているのだと思うのです。

 

インドの旅を通して、ネット上ではとても話せないようなものも見てきました。

たくさんのことを考えさせられました。

そして、自分を顧みて、たくさん反省する機会を持つことが出来ました。

 

おかげで、ひとつの気付きがありました。

今、自分に与えられた境遇を最大限に生かしながら

感謝して生きて行く・・・

それが、人として生まれてきた意味なのだ、と学ばせてもらったのです。

 

インドは気づきを与えてくれます

旅をすれば、あなたもきっと、何かまた一つ、

学び、成長しながら帰って来られることでしょう。

どうぞ、地球上の自分の知らない世界を知るために、

自分の立ち位置に目覚めるために

一度インドを体験されてみてください。

 

たくさんのことを教えてくれたインド・・・・感謝の気持ちがあふれます。

(また、必ず、ここに来させてね。)

そう思いながら、私は一人、インドを飛び立ちました。

次に来るその時までに

少しでも社会の状況がよくなっていますように

願わずにはいられません。

 

ありがとう、インド。

素晴らしい経験をさせてもらいました。

また会う日まで!!!

 

 

Image: Indira Gandhi International Airpot at Delhi インディラ・ガンディー国際空港(インド・デリー)

 


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