ほめること、ほめられること


 

日本人はあまり他人をほめません

海外の方と何かとご縁のある人生の私ですが、

日本人と比較すると、ほんとうにどの国の方もほめ上手の方が多い気がします。

ほめ上手というよりも、日本人が礼儀としてお辞儀をするかのように、

ほめることが習慣になっている印象すらあります。

 

では、なぜ日本人は他人をほめないのでしょう

 

私たちは、小さな頃から幼稚園や学校で、

なんでもかんでもミスがないように繰り返し練習しました。

学芸会や運動会も、繰り返し、繰り返し、

何週間もかけて練習するのが日本人です。

日本人にとって、ミスは非常によくないことだからです。

家庭でも、学校でも、

完璧をよしとし、完璧を目指し、完璧のみを成功と称し、

反復練習を強く奨励されながら育つためか、

パーフェクトでないものは、あまり認めない考え方があります。

 

ちなみに、長年外国の方々と一緒に働いていて思うのですが、

自分にミスや漏れがあっても、比較的気にしない方が多く、

その代わり

他人のミスにも寛大だな~・・・と思える部分が目につきます。

誰かがミスしても、

「これが世界の終わりってわけじゃないんだから。」

などと声をかけたりするのをよく見ることがあります。

 

また、日本人は勤勉ですから、

「負けるな」とか、「負けてたまるか」とかの根性あふれる言葉が大好きです。(笑)

親にも、先生にも、そんな教えを受けてきた方が多いのではないでしょうか。

負けるのがいけない、となると、そこには競争心が存在してきます。

よほど器が大きくない限り、競争心、ライバル心があると

相手のことはなかなかほめることが出来ないものです

 

そんな社会で生きてきたからか、ちょっとくらいよい程度のものは、

別にほめる気にならないのが私たち日本人なのです。

 

しかし、ものには一長一短があるもので、

このような教育のおかげで、日本人の作り出す製品は、世界一と言ってもいいくらい

優れたものが多いのだと思います。

100均などの安い商品を買って、不良品があっても

海外だと(安いから、こんなもんか・・・。)みたいな考えがありますが、

日本人は安くても、商品は商品、不良品は認められません。

これは日本人の世界に誇れる性分です。

 

が、一方、完璧を求める教育を受け続けてきた弊害として、

私たちは他人を滅多にほめません

人はほめられたい動物なのに、ほめる人が少ないのです。

ほめられたい需要が多いのに、ほめる供給側は非常に少ないというわけです。

 

また、ほめられることにも慣れていません

ほめる人が少ないのですから、これも当然でしょう。

たまにほめられると、

「やだ~、そんなことありませんよ~。私なんてたいしたことないですから。」

と、言って照れたり、謙遜してしまいます。

男性が、「XXさんの奥様、お綺麗ですね~。」なんて妻をほめられた時など、謙遜し過ぎて

「いえいえ、うちの家内はブタですから。」

などと答えたりするのは日本ではよくあることですが、

これを英語で直訳しようものなら、欧米の皆さんは目を丸くして驚きます。

「オオ!!!ユア ワイフ ハ ピッグ ナノデスカ~????」・・・・と。

 

欧米の方々は、ほめられると常に、

「ありがとう。」とダイレクトに受け止めます。

「いえいえ、そんなことございません。」などと言うと、

せっかくほめてくれた相手の意見を否定している形になってしまうからです。

家族など身内をほめられた時などは、「ありがとう」だけでなく、

さらに、

「そうなんです、うちの子は本当に頭がいいんですよ。」

などと、追い打ちをかけて(笑)ほめます。

日本人にとってはびっくりですが、これも、

身内やら自分の子を所有物としてとらえていない上に、

自立した一個の個人として尊重しているからなのです。

いずれにせよ、よくほめるので、ほめられることにも慣れている

・・・というのが欧米の方々です。

 

さて、ほめられた時には、

受け止め方にも、それぞれ特色があります。

 

「スゴイね!」とほめられたとしましょう。

男性などは、実は素直に受け止める方々が多いので、

「スゴイ」というほめ言葉で、身も震えるほど酔いしれます。(笑)

それどころか、

(そりゃそうだよな、俺は、XXXXだし、XXXXも出来るから、スゴイって思われるんだろうな。)

と、純粋に、すごいと言われたことに自分で理由付けまでして、納得します。(笑)

しかし一方、女性はなかなか冷めた部分があるようで、

(まあ、お世辞がお上手!)

(この人、ゴマすり?)

などと思ってしまうケースも多いようです。

こういう部分では女性より男性の方が可愛げがありますね(笑)。

 

それでも、けなされるよりは、ほめられたいのが人間です。

ゴマすりは聞いていても気持ちのいいものではありませんが、

純粋にほめられるとうれしいのが人間です。

特に、第三者を介して伝わってきたほめ言葉は、

より信ぴょう性があるのでうれしいものです。

「XXさんが、あなたのこと、スゴイってほめてたよ。」

と、聞くと、直接ほめられるより効果絶大だと言うのは

誰しも経験されていることでしょう。

 

 

ほめるということについて、あれこれ述べてきましたが、

ここで言いたいのは、

ほめられたいのが人間なのだし、需要が高いのですから

ほめ上手になって、他人を幸せにする生き方をするのは、

想像以上に、相当生が楽しくなることなのではないか、ということです。

 

お世辞とかゴマすりではなく、

ほめるのを習慣にすると、

自然と他人のいいところを見る習慣が出来てきます。

そういったことを癖にしていると、

実はそれは、ゆくゆくは自分に返って来て、

自分が楽になるのです。

相手の欠点ばかり探しがちな私たちですが、

いいところを一生懸命探す・・・・

これは相手にとっても、自分にとってもいいことなのです。

自分の気持ちが楽になり、相手もなんともハッピーな気分になってくれる、

一石二鳥の生き方になるのですから、やらない手はありません。

 

さらに言うと、

ほめることで、相手の能力をいただくことが出来るようになるのです。

どういうことかと言うと・・・

 

英語の出来ない人が、英語の出来る人をベタ褒めしたとしましょう。

ほめられた方は悪い気はしないし、

必要とあらば、そのほめてくれた相手を助けます。

「英語でわからないことがあったら、聞いてくれれば手伝えるよ。」

なんてセリフも、相手は自然に言ってしまうでしょう。

ほめた側は苦労して英語を勉強していないのに、

困った時には有力なサポーターがいることになるのです。

期待せずに、純粋に、うらやましいからほめただけなのに、

結果的に、相手の能力を戴くことになってしまうのです。

 

以前、職場の私の部署に、外勤の方が転職してきたことがあります。

彼女は私のコンピューターの技術などに驚いて、

いたくほめまくり(コホン・・・。たいしたことはないのですよ。)(笑)

「私は外で働いてきたので、コンピューターに関してはバカと同じです。

一から教えてください。何にも知らないと思っていただいたほうがいいくらいです。」

と、謙虚に言ってきました。

私が丁寧に一からお教えしたのは言うまでもありません。

普通なら、

「こんな職場に来ていながら、コンピューターが出来ないぃぃぃ?出直して来い~~~!」

になったところ、ほめて、ほめて、

謙虚な姿勢で教えてほしいと言われました。

実際彼女は、この職場でコンピューターを操作するには、

許容量を超えたであろう未熟な技術でしたから、

本当に(当たり前の基本的な技術でも)驚いたのでしょうが、

自然にほめるという姿勢で、

職場で必要なあらゆるコンピューターの知識を、

労せずして得ることが出来たのです。

純粋にほめる、という行為の功名でしょう。

 

ほめることの大切さを教えているある有名な富豪の方は、

出先で笑顔のない店員さんにも

「笑顔が素敵ですね。」

と自ら声をかけるそうです。

すると、仏頂面だった店員さんが思わず

「え?そうですか?」と、笑顔になってしまうそうです。

トイレ掃除の見ず知らずの方にも、

「いつもキレイに掃除してくれてありがとうございます。」

と、声をかけて、笑顔のお返しをもらっているそうです。

ほめることの実践で、幸せに囲まれる様子が想像できますよね。

 

みんながやらないことだから、やると効果絶大なのです。

需要はあふれているのです。

供給の側に回ると、重宝されます。

自分の人生を楽しむための一工夫として、

今日からほめることの実践をしてみませんか?

きっと、日々が少しずつ楽しくなりますよ。

 

 

P. S. この記事が気に入って下さった方、まず手始めに、下の “いいね”(=LIKE) ボタンで私のこともほめてやってくださいね。(笑)


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