アーカイブ | 2017年4月22日

とっても短い “足りるを知る” の話


 

(一度でいいから、お母さんの顔が見てみたかった・・・・。)

そう思って、先に逝くお母様を送る方たちがいます。

生まれながらにして目の不自由な方たちです。

言葉に表せないほどの悲願でしょう。・・・・天国で再会された時にはそれはもう感激されるのでしょうね。

 

音というものが一体どういうものなのか知らない方たちがいらっしゃいます。

愛する人の声を、

小鳥のさえずりを、

川のせせらぎを、

胸を揺さぶられるような音楽を、

生まれてきた子の可愛らしい泣き声を、

一度でいいから聞いてみたい・・・・

生まれながら耳の不自由な方には、全ての音が想像の世界です。

音のない静寂の世界を見ていらっしゃいます。

 

一度でいいから、痛みのない世界で

普通におしゃれして、モデルさんのように軽快に歩いてみたい・・・・

そう思う、生まれながらにして体の不自由な方たちがいらっしゃいます。

それはもう、察しきれない切ない思いでしょう。

 

一方、そんな全てをすでに持っているのに、

多くの私たちは、滅多なことで

見えることに、聞こえることに、大地に自分で立っていることに、

感謝することがありません。(・・・反省中。)(。-_-。)

 

今朝、庭先で珍しく小鳥のさえずりが聞こえてきたのに

感動したり、感謝したり、時には気付くことすらなく

そそくさと駅に向かいます。

 

今朝は自分の足で病院まで通えたのに

たとえ生活はギリギリだったとしても、とりあえずバス代も払えたのに

多くの私たちは、そんなことには感謝しないで、

不調をきたした部分のことばかり、不足の部分ばかり考えてしまいがちです。

 

目が見えて

耳も聞こえて

おいしそうな臭いをかぐことが出来て

自分の足で好きなところに行けて

手があって

話すことが出来て

空気が吸えて

ご飯が食べれて・・・・

 

それなのに、私たちは目にも耳にも手にも足にも

ありがとうなんて言ったことすらなかったりします。

内臓なんて、一日中がんばっているのに (笑)、誰も感謝しません。

 

食べ物を食べるということは、全て、生き物の命を戴いているということです。

私たちの体は、生物の命を戴いて、初めて機能します。

タラコやイクラなんか食べた日には、全て、命。すごいことです。

「まずいよね~、これ。」なんて、つい食べ物に文句を言ってしまいがちですが、

そこに感謝はありません。命を戴いているのに。

 

車で道を走っている時に、相当たくさんの虫や草花を、

私たちは知らずに踏みつぶして殺してしまっています。

そんな無名の (笑) 虫や草花から、苦情を戴いたことはないけれど・・・・

また、誰かが払ってくれた税金で、工事のオジサマがいい道路を作ってくれたから

偉そうにその道を通らせてもらっているけれど・・・・

感謝したことがありません。

 

つまり・・・

膨大な数の幸せに囲まれていながら

ありがとう、って言うのを忘れがちな私たちがいます。

 

たくさんのありがたいことに気付く・・・

幸せとは、今持っているものから

一個でも多くそれを見つけ出すことだと思うのです。

 

あれさえあったら、

これさえ持っていたら、

あの人が変わってくれさえしたら

この病気さえ治ってくれたら・・・・

 

不足しているものに意識を集中するよりも

今、あるものに感謝を見つけながら日々を過ごす・・・・・

 

その方が幸せな人生の気がしませんか?

 

今日、ちょっとしたことにイラッとした一瞬があった方。(ありますよね、誰でも。)( *´艸`)

思わず何かの愚痴を言ってしまった方。(/o\)

そのイライラや不平不満の数にプラス1個分だけでも、

ありがたいことを見つけてみてください

3個腹立たしいことがあったのなら、4個のありがたいことを見つけて感謝してください。

幸せに向けて、一歩だけ前進しますよ。

 

「必ず君を幸せにするよ。」

「ずっと私を幸せにしてね。」

恋人たちの誓いの定番のような言葉になっていますが、

それ、ちょっと違うような気がします。

誰かに幸せにしてもらわなければ幸せになれないのであれば、続くわけがないのです。

相手が幸せにしてくれるのを求め、「あなたは、私を幸せにしてくれてない。」と、

ない部分に目を向けて、相手に求め続け、最後は死闘になりかねません (笑)。

 

幸せって、誰かに幸せにしてもらうから幸せになるのではないんです

自分の、今、持っているものから、自分で見つけるもの

 

たくさん見つけたあなたこそが、人生の成功者ですよ。

 

今日も、素晴らしい一日を!