教えるということ


 

本職ではないのですが、

なぜか昔から、いろんな方の悩み相談を受けます。(;^_^A

なんで、私に?

というのが笑えるところですが、

子供の頃からその傾向があり、

子供なのに、同級生だけでなく、

大人に “マジ相談” を受けたり、

今も人生の大先輩たちからも相談を持ちかけられたりすることがあります。

当然のように、いつも、た~~~いした答えは差し上げられないので、

みなさん無駄な時間を過ごされたな・・・・と秘かに思ってしまいます。(笑)

ただ、色々な悩みを聞かせてもらっていると、

職場の人間関係の悩みっていうのは、

非常~~~に多い気がしています。

 

誰しも、学生時代はお金を払って学校に行っていたのですから、

ある意味こちらはお客さんの立場でした。

しかし、社会人になると、こちらがお金をもらっているのですから、

もうお客様の立場ではなく、

どうしてもイヤなこと、辛いことはありがちです。

(まあ、お金を戴いているわけですからね、多少の我慢はやむなしかもしれません。)

それだけに、学生時代まではなんとかうまくいっていたのに、

社会人になってから、人間関係で崩れてしまう方も少なくありません

 

仕事関係の相談で、よくある悩みの

上位は上司のことですが、

結構同僚に悩む方も多く、

さらには、意外にも、

部下後輩に悩む方も多いものです。

 

部下(後輩)のことでよく聞くのは、

あまり働かない、

覚えが悪い、

いいかげん、

態度が悪い、

素直じゃない、

ミスだらけ、

攻撃的・・・・

などなどですが、それは悩みと言うより、

部下への愚痴かもしれませんね。(笑)

 

部下(後輩)の悩みとしてよく聞くことのひとつに、

「せっかくこっちが教えてあげてるのに、いやな態度をとられるんだよね~。」

というものが結構~~~~あります。

「こっちは経験があるから、それを元に親切で教えてあげているし、

知っておけば楽になるから教えてあげてるのに、聞く耳を持たないのよ。」

・・・と、嘆いているケースがちょくちょくあるのです。

みなさんも身に覚えがないですか?

しかし、優しいあなたは、相手の態度が悪くても、

オトナな先輩として、ぐっとこらえて丁寧に

繰り返し(笑)教えてあげたりしているのではないでしょうか?

 

確かに、親切に教えている先輩や経験者に敬意を払わない後輩とは、

なんたる未熟者!

・・・と、断罪したくなりますが、

後輩には後輩なりに事情もあるようです。(笑)

聞きたくない理由があって、聞きたくないようです。

では、今日は、後輩の立場に立って

なぜ聞きたくないのかを探ってみましょう。

 

“教えてあげてる” という立場の先輩側を “あなた” と仮定して話を進めます。

そもそも教えてあげるというあなたの姿勢に、

実は、気付かないうちに、やや高飛車なものが潜在的にあって、

たとえ相手がかなり鈍感なタイプな人でも、

その上から目線が微妙~~に伝わってしまっていることが

往々にしてあるようです。

そもそも、ことばの響きも、

教えてあげる

教えさせて戴く

この二つには教える姿勢に大きな違いがあるのは一目瞭然でしょう。

あなたは「教えてあげる」という姿勢に傾いている時があるかもしれません。

(教えてあげる、でいいんじゃないの?

そこまで謙虚にならなくても・・・。)

と思うかもしれませんが、

あなたの心が出す波動は、そのままあなたに返ってきます。

例えば、あなたが習う側の時、

教えさせて戴く” と言う姿勢の相手から習ったのなら、

あなたはきっと、その教えてくれる相手の気持ちに答えようと、

一生懸命覚えようとするはずです。

 

「相手は教えてもらったら助かるに違いない。」

という狭い考えしか持ち合わせていない場合も、ちょっと惜しいケースです。

助かるはずだという思いも、実はあなたの考えであって、

実際はそうでもないかもしれないのです

 

そもそも、教えてほしいと思っていない相手に、

教えてあげる。」と思っていること自体、

実はおせっかいで、大きなお世話なのかもしれません。(笑)

相手はあなたに頼んでもいないのに

教えてもらいたくないなんておかしい。」とか、

習おうと言う謙虚さがない。」

とか否定されまくって・・・・・

相手にとっては、全く迷惑な話しかもしれません。(笑)

教えてほしいと思っていない人に、

指導するのは、実はおせっかいでしかない

実はそこに気付かないあなたの方が、

ちょっと惜しい人だったりすることもあるんです。

 

相手には相手のやり方があるのだから、

もしかしたら、そっちのやり方をやりたいのかもしれません。

でも、あちらは立場が下だから、

新人だから、なかなか言い出せない・・・。

なのに、自分が正しいと思っているあなたは、

正しさを通して教えようとし、

相手をさらに

(素直じゃないわね!)

・・・と、心の中でも否定しているから、

そんな派動が相手には実は結構伝わってしまっていることがあるのです

相手にとってはなんとも踏んだり蹴ったり。(笑)

相手から見れば実はあなたが空気を読めていない人になっているのです。

 

「じゃあ、出来ない後輩が、習おうともしないで、

失敗ばかりしてたらどうするんですか?」

っていう疑問がわきますが・・・・・

 

やってあげればいいんです。

 

相手は、出来ないんです。

あなたは後輩より経験があって、

今までやってきたから出来るんです。

「自分は先に終わっちゃったから、何か手伝おうか?」

と、やってあげてみるのも、本当の意味での先輩、経験者・・・であるかもしれません。

そのうち、後輩も覚えます。

ただ、人それぞれ、覚える速度も、才能も違います。

(私はすぐ出来たのに!)

なんて思うけど、相手はあなたではないのです。全く別の人格。

そこも、経験者として、理解してあげるのが人生の先輩としての懐の大きさになるのです。

 

やってあげたからといって、損はしてませんよ

否定的な派動を出さずに、

黙々と

淡々と

作業を続けてみてください。

手伝ってあげてみてください。

何年先かはわかりませんが、

それは、必ずやあなたの未来に跳ね返ってきます

出したものは、必ずあなたに返ってきます

形を変えて、

直接親切にした相手ではないかもしれませんが、

別の方向からでも、

あなたに返ってきます。

世の中は不思議とそんなふうに出来ていると思います。

出したものしか返ってこない

と言った方が腑に落ちやすいかもしれません。

意地悪をした人には、意地悪が返ってきます。

イライラした人には、イライラすることが返ってきます。

いつも愚痴を言っている人には、また愚痴を言いたくなることが返ってきます。

これは道理なのです。

 

さて。

何かを教えるのが大~~~好きな方々がいます。

教えている自分は、ちょっとかっこいい気もするし、

ちょっとした知識のひけらかしで、

優越感すら感じることが出来たりもする。

最近では、人前に出て、

ビジネスとしてセミナー的なことをやってみたい、

という方々も増えています。

なんか教えてる自分って、

ワンランク上の人を地で行っている感じ・・・・

そんな憧れを持つ方が結構いらっしゃるようです。

とくに、(失礼ながら)男性に多いのが、

「スゴイ!」と思われたいみなさん。(笑)

隠しているけど、実はそう思われたい・・・

「スゴイ!」と言われるのが大好き♪

そんな方、意外と多いですよね?

これを私は “男性の『スゴイ』と思われたい症候群” と呼んでいます。(笑)

教えることでスゴイと思われるのは、

なんとも自尊心をくすぐられます。

しかし、その指導も、相手にとっては助かる時もあれば、

求められていない時もある・・・。

自分が教えたいという思いだけで教えると

とんだ空気の読めない人になってしまったりもします。

あるいは、頼んでもいないのに教えたがる人には、

その空気の読めなさに、周囲が辟易していることもありがちです。

・・・難しいところですね。

 

人に教えたい思いというものは、なかなか通じないことも多いものです。

 

しかし一方、相手を思い、

(きっと相手のためになる)

と、思いやりと情熱を持って教えてあげようとするケースでも、

受け入れない相手もいるものです。

 

なぜ、教えようと思いやりを持っても通じないのでしょう

 

それは、

“教えよう” と思って教えているからかもしれません。

やはり、教えると言う言葉、あるいは、行為には、

どこかしら優越感とわずかばかりのおごり高ぶった心が

含まれているように捉えられることがありがちです

もちろんそれだけではないのにもかかわらず、

その部分を強く受け止めてしまう方々もいるということです。

だから、教えようとすると、それを敏感に感じ取った相手の中には、

今一つ素直に耳を傾けようと思わない方もいるようなのです。

人はそれぞれ精神の学びの段階が違うので、

受け止め方もまちまちです。

自分には当たり前でも、相手にとってはあり得ないことだったりすることもあるのです。

 

では、どうすればいいのでしょう

 

ひたすら助けよう。」と思って教えることだと思うのです。

教えてあげる、でもなく、教える、でもなく、

知っていることを知らせたい、というスタンスで十分なのです。

助けたいというあなたの愛情は、通じることがあります。

助けよう、という感情が 教えよう を上回った時、

人は心を開いて学びを得ようとすることがあるようです。

その時に初めて教えたい者と学びたい者の需要と供給が成立し、

習う側の血となり肉となるのです。

ひいては教える側の負担が減り、自分にプラスになって返って来ることになります。

 

人は往々にして、親切のつもりで、

押し付けがましく

何かしてあげようとしてしまいがちですが、

相手が求めていないかもしれない

というところまで見抜く力がないと

それはただのおせっかいで終わってしまいます。

親切にやったつもりが、

人間関係すらこわしてしまうこともあるのです。

人と人とのコミュニケーションを円滑にするには、

時として、見抜く眼力(がんりき)が求められるようです。

しかし、その眼力が備わらないうちは、

助けよう、という思いでひたすら教えさせて戴く・・・

その姿勢に、人間同士の心が共鳴しあうような気がします。

 

最後に補足ではありますが、もちろんみなさんご存じの様に、

習う側になった場合の心がけも大切ですよね。

相手の貴重な知識を戴くわけですから、教わる側は常に

習う、というより

教えて戴く、というくらいの姿勢は必要でしょう。

その姿勢が、必ずやあなたの力になり、

知識はあなたにしみ込むように吸収されていくはずです。

 

日一日と、素敵な人間関係を築いてくださいね。

 

今日も素晴らしい一日を!

 


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